Paordy;Serial novel

□Treasure。-Canbow
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今日も何も変わらない朝の風景が訪れた土方家。
ただ榎本だけは、いつにも増して寝起きが遅かった。

この家では榎本が一番家を出る時間が遅い。
毎朝、松平や大塚の出迎えが来るのは昼の少し前。
所謂、社長出勤と言うやつだ


しかし時間に余裕があるからと言って、こんなにも寝坊したのは久々だった。

筋肉が鉛にでもなったのかと思うほど、自棄にダルい身体を引き摺りベットから降りる。
漸く寝室を出た時は既に愛息子二人の姿は家に無い。
そのリビングに居た土方も、普段通りのスーツ姿で出掛ける間際である

夜は特に土方の帰りが遅い事が多い為に、団欒での食事は朝食くらいになってしまうのだ。
だから朝食は出来る限り家族揃うようにするのが、この家では暗黙の了解。
しかし今日は榎本の分だけ朝食が揃えられているダイニングテーブルに座ると、
土方が湯気の立つコーヒーカップを持って脇に立った

「今日は随分と遅かったな」

そう少し含み笑いを含ませながら横からカップを手渡す土方。
額に唇を軽く押し当てるオマケ付きだ

「…誰の所為だと思ってんの…」

特に腰を中心に身体の関節一つ一つが痛い。
尚且つ寝不足も伴っている。
その理由を今更ながら説明するのは野暮だが

恨めしい眼を向けつつコーヒーを啜る榎本。
しかし、ちゃっかり『おはようのキス』を受けてしまったから、それ以上の文句を言う気は簡単に削がされた

海濶がパン食な為に焼き立てだっただろうパンは少し冷めてしまっているが、
それでも十分に食感は柔らかい。
それを一口がぶっと噛んだ時、
既にコーヒーを受け取ったにも関わらず、未だに真横から土方が顔を覗き見ている

「どうしたの?」

「いや…」

「安心して、今日も美味しいよ」

土方がそんな感謝の気持ちを期待して待っているのか榎本には分からないが、取り敢えず何か己を見詰める意味があるだろうと、その言葉を選んで言ってみた。
毎日、思っている事は確かでも言葉に表している訳でも無く。
土方がそれを望んでいるようには思えないが、そんな日もあるのかもしれないと榎本なりに考えたのだ

「は?…まぁ、旨いならいい」

「うん」

何故か土方に驚かれたが榎本は気にせず食事を続けた。
お世辞で無くて旨いのは頷けるのだ

「それより、顔色が悪ィぞ」

「顔色?」

まじまじと間近で顔を覗く土方の眉間の皺が僅かに深まったのが見えた。
本当に言いたい事はそれだったか、と榎本は納得

「気のせいだよ、軽い寝不足でそう見えるだけかもね。何とも無いし」

「何とも無くねぇよ。今日は休め」

「休めるわけ無いじゃん、風邪じゃあるまいし。熱っぽく無いでしょ?」

ほら、と言って土方の掌を掴むと自分の額に持っていく

体調不良を訴えるならば、思い当たる節は本当に身体の痛みと寝不足しか無い。
風邪をひいた事が無い訳でも無く、その時の病状くらいは榎本も知っている

「あぁ、熱は無ぇ…」

「無いって言ってんじゃん」

触らせても尚、土方はいぶかしく疑いの眼差しを向けてくるだけだ。
今にも寝室へ無理矢理に連れ戻されるのではと思うくらい恐ろしく据わった目付きで思いやってくれている事は分かった。
しかし、榎本はここで休めと言われて簡単に認める事が出来ない理由もあった


いま現在、忙しい年末年始に掛かる負担を今の間に少しでも無くそうと仕事が佳境を迎えているのだ。
様々な会議も数分単位で入り、机の上には今日も執務書類が山積みされているだろう。
今からそう思うだけで憂鬱だ

しかし、そんな泣き言を吐こうモノなら更なる悲劇が松平によって榎本に降り掛かりそうである。
この忙しさに陥ってから彼の機嫌も最高潮に悪い。
いや、悪いと言っても顔に浮かべる微笑が数十倍増しているくらいなのだが、
本人は故意でやっているのか、誰しもがそれを見る度に身の凍る思いをさせられている

だから榎本も休む事や遅刻すらも許されない

「大丈夫。もう君も行かないと遅れるよ?」

「俺の事は構うな。大鳥さんには俺から言っとくから、また寝─…」

「何でも無いって言ってんじゃん!」

思わず少し意地になってフォークにウィンナーを突き刺す。
軽々しく構うなと言ってのける土方だが、土方にも仕事が山程あるのだ。
喧嘩してでも強気に出なければ榎本の言う事など平気で受け流されてしまう

「君は心配性すぎなの。それより、早く気を付けて行っておいでよ」

膨らんだ頬に刺したウィンナーを頬張る

こうなれば榎本は梃子でも動かない。
そうと見た土方は確かに熱は無いと諦めたのか腹が立ったのか、額に乗せていた手でポンポンと二回そこを叩いた

「ったく…。寝不足させて悪かったな。テメェだって、いつも悦がるクセに」

「っ〜〜〜!!」

あくまでも否定したいが口に入れたウィンナーがそうさせてくれない

睨み付けようと思った矢先土方の頭に乗っけられたままの掌に顔が固定され。
口先から半分だけ顔を出していたウィンナーが横から不意にパキッと唇で折られ奪われた

そのとき軽く唇どうし触れ合い。
一瞬の隙に榎本の否応も無くお次は『いってらっしゃいのキス』もしてしまった

「じゃあな。辛くなったら直ぐに呼べよ。分かったか?」

乱暴ながらに念を押すと土方はコートと鞄を掴みリビングを出て行った
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