最遊記外伝
□花風に殉ず‥第二章
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薄紅色の山の中。
そこだけぽっかりと色が抜けたような、真白な桜の下。
青い花陰に沈むその人を前に、焔は呼吸も忘れて立ち尽くした。
くっきりと、鮮やかなまでに黒い長衣。
対照的に、雪のように白い肌。銀糸の髪。
まるでガラス細工の人形のような、硬く透明で繊細な美貌。
長いことそこに横たわっているのだろう。
彼女の服や髪には、たくさんの白い花びらが降り積もっている。
彼女との距離は、ほんの五歩ほど。
聞こえるのは鳥のさえずりと、ときおり吹くそよ風の音ばかりだ。
焰はここまで足音を忍ばせてきたわけでもないから、彼女も焔に気づいていないはずはない。
しかし、彼女はまったく反応を見せない。
青い日陰の中、たおやかな四肢を投げ出して、死んだように仰臥している。
(眠っているのか……?)
それとも、やはりあれは、よく出来た作り物か。
そう疑ってしまうのは、彼女には妙な空虚感があるからだ。
彼女の中にはきちんと魂が存在しているのに、何故か、空っぽだという感じがしてならない。
時が止まったかのような静謐。
鳥たちの声と、ひらひらと舞い落ちる花びらだけが、それを錯覚だと知らせてくれている。
ようやく、呼吸を止めていたことに気づいた。
そっと再開させながら、もう少し近づいて様子を見てみようか、声をかけてみようかと迷う。
と、山道の方から声が届いた。
「焔様」
紫鴛だった。
まぶたを閉ざしたままなのに、相変わらず迷いのない足取りで焔の元へやってくる。
「ここにおられましたか」
「ああ。よく分かったな」
「麓で農夫に聞きまして」
「───ほむら……?」
ぞっ、と、背筋が冷えた。
反射的に振り返って、焔はまたぞくりとする。
花陰の人が、いつの間にか半身を起こし、軽く身をひねるようにして、こちらに顔を向けていた。
幽艶な白面の中、ぱっちりと開かれたその双眸は、青みがかった淡灰色……否、あれは空の青を映した銀色か。
たおやかな容貌に反して、ハッとするほど強く、鋭い。
「貴女は……」
傍らの紫鴛が息を呑んだ。彼女を知っているようだ。
「あなたが、新しい闘神太子?」
澄んだ声だった。
鋭いが感情のない、獣のように無機質な眼差し。
圧されるように首肯すると、彼女の唇が、ほんのわずか、笑みを浮かべる。
「そう。あなたが……、唯一、私を殺せる人」
まるで予言のような、殺してくれと願うような言葉。
何故だろう。
相手はこんな、華奢で美しい女性だというのに。
焔はみたび、ぞくりと寒気を覚えた。
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