最遊記外伝

□花風に殉ず‥第二章
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あの方とは関わり合いにならない方が宜しいかと───と、紫鴛は忠言した。

彼女と別れてから三分後。
山を下りる道すがらのことだ。

「あれは、何者だ?」

興味を隠さず訊ねると、紫鴛は、わずかにしかめた眉をさらにしかめながら、仕方なさげに答えた。

「……風天様と仰います。例の四人と懇意だった方で……、特に金蝉童子とは恋仲だったという噂です」

焔は目を見開いた。思わず来し方を振り返る。

「金蝉童子の……」

では、あの黒衣は恋人の死を悼むものか───。

「例の騒乱の際は、ずっと観世音菩薩様の下におられたとのことで、咎めを受けることはなかったのですが……。今でも微妙なお立場にある方です」

金蝉たちは、李塔天の陰謀に巻き込まれた被害者だった───というのが、一応公式の見解なのだが、大量殺戮を犯した斉天大聖を庇い立てたことで、「彼らもやはり謀反人だ」と判じている者も少なくない。
それに、彼らは天界軍と殺し合い、多くの血を流していった。殺された兵の縁者はもちろん彼らを恨んでいるし、単純に「殺生を犯した罪人たち」と嫌悪している者も数多い。

だから、彼らと親しかった彼女も、事件以降は腫物のように扱われているのだという。

「仕事の上でも閑職に追いやられたようだと聞き及びます。……それに何より、ご本人があのようなご様子ですから。関わり合いになるのは危険です。あらゆる意味で」

懸念のにじむ紫鴛の声に、焔は苦笑混じりに「そうだな」と同意した。

そのまま、目を落とす。

地表を占める桜色に、浮かぶのはあの微笑。



『あなたが、唯一私を殺せる人』



妖しくて、冷ややかで、凄みがあって。
それなのにひどく虚ろな、淡雪のような微笑みだった。



あの後。焔が何も返せずにたじろいでいると、彼女はふと我に返った顔をして、額に手を当て吐息をこぼした。

『ごめんなさい。忘れて』

すげなく言い捨てると、するりと背を向けながら立ち上がり、「タマ」と片手を振る。

ふわりと現れたのは、人の背丈の倍はあろうかという巨大な白虎だった。

瞳は金によく似た琥珀色。毛並みは、一見まっしろに見えたが、よくよく見ると虎特有の縞模様もうっすら窺えた。白銀と銀灰色。彼女の髪と同色だ。
毛の色だけではない。霊気も彼女とまったく同質で、だからすぐに彼女の式なのだろうと知れた。

屈んだ式の背に乗ると、彼女はそのまま、焔たちに一瞥もくれることなく、崖を飛び降り去ってしまった。
その名のごとく風のような退場だった。



(金蝉の、元恋人か……)



金蝉童子。戦う力も持たない文官だったというのに、公然と天を敵に回し、最期まで己が意を貫き通して、花と散った男。

そんな男が愛し、そんな男を愛していた女。

知らず、ため息がこぼれる。

圧倒された。
完全に呑まれてしまっていた。

あんなにたおやかで美しい人だったというのに。
どうしてあれほど恐ろしいと感じたのか。

きっと、紫鴛も同じものを感じているのだろう。だからこれほど警戒しているのだ。
自分の勘も告げている。あの人と関わるのはよくない、危険だ───と。

(だが……)

墨染という黒の名を冠した、純白の桜の下。

墨染の衣に身を包んだ、白い女。



彼女は、自分と同じ、愛する人を失った者なのだ───。










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