キリ番
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漂うは、花の香。
so sweet
鼻孔を掠めた甘い香りに、ロイはふと顔を上げた。
片手にはティーカップ。もちろん発生元はそれではない。
紅茶の芳しい薫りではなく、もっと違う、甘いにおいだ。
部屋をぐるりと見回すと、花は何ヶ所かに生けられていたが、そのどれとも違う気がした。
何しろ、今ロイは部屋の中心あたりにいるのだ。窓辺の花の香りがそこまで届くとも思えない。
それに、感じたにおいは人工的な甘さなのだ。
では、これは何の香りなのか。
「ロイさま、どうしたんです?」
ロイの態度を不審に思ったのだろう、共に紅茶を楽しんでいたウォルトがそう問うた。
本来、今いるこの部屋はロイ一人の部屋になるはずだったのだが、他ならぬロイ自身が『乳兄弟なんだし、いいじゃないか』と駄々をこねた結果、ウォルトも加えた二人部屋になったのである。
…ちなみに、当然ウォルトは遠慮したが、ロイのしつこさには勝てなかったのだった。
「うん、ちょっとね」
ロイがそう答えると、ウォルトが少し首を傾げた。
その瞬間、またあの甘い香りが漂った。
(もしかして…?)
ロイは立ち上がり、ウォルトの傍らに立つと、いきなり彼の頭を抱えこんだ。
君主の心の内など知る由もないウォルトは、耳まで赤くなって狼狽えた。
「ろ、ろ、ロイさまッ…!?」
「やっぱり、そうだ」
「な、何がですか…!?」
律儀に聞き返すあたりはまったく彼らしい、のだが、いつもの落ち着きは欠いてしまっている。
当たり前と言えば当たり前なのだが。
「ウォルト、シャンプー変えた?」
「えっ?……あぁ、変えた、と言うか…」
思い当たる節があったらしく、ウォルトはそこで一旦言いにくそうに言葉を切り、また話し始めた。
「リリーナさまに頂いたんです。小さなボトルのものなんですけど、どう見ても女性用みたいだったので一度はお断りしたんですが、半ば強引に受け取らされて…」
その場面はロイにも容易に想像がついた。
大方、『いいから、使ってみて!』とでも言われて押しつけられたのだろう。
「さすがに、頂いたものを捨てるわけにもいかないじゃないですか。だから…」
「使った、んだね?」
こくりと頷くウォルトは、ロイの眼には妙に可愛らしく映った。頬を染めているから、なおさら。
無性に、キスがしたくなった。
「やっぱり…変ですよね。僕みたいな男が、こんな甘い匂いさせてたら…」
それには答えず、ロイは緑の柔らかな髪に口づけを落とす。何度も何度も。
「あ、あの…ロイさま?」
唇が触れるたびにぴくりと反応する彼はやっぱり可愛い。
ロイは目元を綻ばせた。
「全然、変じゃないよ。むしろ可愛い」
「な、か、可愛いって…」
ウォルトは微妙な表情になった。
それはそうだろう。可愛いと言われて喜ぶ男はそうそういない。
「あぁでも、この場合は可愛いって言うより、」
ウォルトが不思議そうに見上げると、ロイはにこりと笑った。
「そそられる、が正しいのかな?」
言うが早いか、ロイはウォルトの頬に手を添え、その唇を塞いでしまった。
「ん、ぅーッ…!」
彼が何か言おうとしても、ロイの唇がせき止めてしまう。
そのうち、一瞬の隙をついてロイの舌がウォルトの口内に侵入した。
「ふッ…ぁ、んぅ…っ!」
歯列をなぞり、時折舌を軽く吸うと、細身の体がおもしろいように跳ねた。
逃げる舌を追いかけて捕まえて絡ませて、その繰り返し。
脳が痺れるような感覚に、しばらく夢中になっていた。
ウォルトの瞳に涙が滲みだした頃、ロイはようやく彼を解放した。
息を整えている彼の目元に、涙を拭うように唇を押しつけると、ウォルトは思い出したように真っ赤になった。
「ろ、ロイさま…っ」
「ん?」
「どうして、いきなり…?」
とろけた瞳で疑問を吐き出すウォルトに、ロイはにこりと微笑う。
「ウォルトが甘いからだよ」
シャンプーの香りも、声も、唇も、ウォルトっていう存在全部がね、僕にとっては甘いんだ。
耳元で囁くと、身体を小さく震わせて、頬を紅潮させた。
「……っ」
「ウォルト、大好き」
僕もです、と返す言葉は、互いの唇に消えた。
END
おまけ
[その頃のリリーナさま](リリウェン)
あのシャンプー、ウォルトは使ってくれたかしら?
あのこのことだから、きっと使ってくれたわよね。
『恋人にキスさせるシャンプー』…だなんて、教えてたら使ってくれなかったでしょうけど。
まぁ、別にこんなのなくても、ロイはキスくらいなら飽きるくらいしてるんじゃないかしら。
ウォルト命、ですものね。
さてと、そろそろウェンディが来る時間だわ。
今日こそ、あのこからキスをさせるんだから!
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ケイさまに捧げます。
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