文章♭

□召しませ恋心
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白い指先に巻かれた、ごく普通の絆創膏。
花柄でも星柄でもない、ありふれた茶色のビニール製。
それでも俺は、その絆創膏がまるであり得ないもののように凝視してしまっていた。

「阿久根先輩、それ、どうしたんですか?」

「え?」

「それです、左手人差し指。怪我でもしたんですか?」

きょとん、とした先輩に絆創膏を指差してみせる。
と、ばっ!とちょっとびっくりする程の早さで、左手が右手に隠された。

…え?

「あの…?」

「あ…いや、ごめん。何でもないんだ。昨日ちょっと、ひっかけちゃって」

明らかに『何でもない』わけがない反応だったけれど、俺は「先輩でもドジることあるんですね」と笑っておいた。
たぶん聞いてもはぐらかされるだろうし。

「そりゃあ、俺だって人間だからね」

あからさまにほっとしたような笑顔になって、先輩も軽口を返してきた。

怪我なんて誰だってするものだけど、阿久根先輩は絆創膏を貼るような怪我とはほとんど無縁な人だ。
それにあの反応。先輩の顔、少し赤くなってたし。

何なんだろう。すごく気になる。




昼休み直前の授業中。空腹で集中力が散漫になっているところに、携帯が小さく震えて着信を伝えた。

(あ、阿久根先輩からだ)

『お昼一緒に食べないかい?』

嬉しいお誘いだ。
素早く返事をする。

『いいですけど、先輩も今日は学食ですか?』

学食派の俺と違って、先輩は弁当派だ。
珍しいな、と思いつつ返信すると。

『いや…実は、二人分作ってきたんだ。だからよかったら中庭でどうかな』

(!!?)

阿久根先輩の、手作り弁当だと…!?

その瞬間の感動と言ったら、叫びださなかったのが奇跡だと思った。
男なら、恋人の手料理に夢を見るものだ。ロマンなのだ。

一も二もなく、返事はイエスだった。




巨大な箱庭学園の中には、当然中庭もたくさんあって。
俺達がいるのはそのひとつ、あまり人気のないこじんまりとしたところだ。

一角にあるベンチに並んで座って、先輩から弁当を受け取る。
少し恥ずかしげに「はい、どうぞ」なんて渡されたものだから、きゅんとしてしまった心臓がうるさい。

小さく深呼吸をして、震えそうになる手でそっと包みを開けた。
弁当箱の上に二つのおにぎり。(中身は梅と鮭だそうだ)
蓋を開けると、彩り豊かなおかずが目に入った。
玉子焼きにミニハンバーグ、ポテトサラダ、きんぴらごぼう。ウインナーはなんとタコさんだ。
どれも手ずから作ったもののようで、既製品にはない温かみがある。

「ごめんね。あんまり手の込んだもの作れなくて」

「いや、十分ですよ!」

その言葉に偽りはない。
全てを手作りする、というのは結構大変なことで、手間がかかるものなのだ。
それに、阿久根先輩が作ってくれた、というのが一番重要。

この弁当を俺のために作ってくれたのだと思うと、二重の意味で胸が熱くなった。

「ほら、食べようよ。昼休みが終わってしまうよ」

「あ、はい、そうですね」

いただきます、と声を揃えて箸をとる。

「…どうかな?」

玉子焼きを口に入れた俺を、先輩が心配そうに見つめてくる。

「ん…、美味しいです!」

「…良かった」

先輩はそっと微笑んで、自分の食事に手をつけ始めた。

それからも、俺が食べるのを嬉しそうに見ていた先輩は、食事のあとにこう言った。

「そんなに喜んでもらえるんだったら…また作ってこようか?」

「えっ! いいんですか!?」

その申し出は願ってもないことで、つい大きな声になってしまった。
くすくす笑う先輩に、ちょっと恥ずかしくなる。

「あっ、でも先輩の負担になるようなら…」

「大丈夫だよ。流石に毎日は無理だけど、週に何回かくらいなら」

「じゃ、じゃあ、お願いします」

「うん」

その笑顔を見て、ふと先輩の指の絆創膏のことを思い出した。

――あれは、この弁当を作っているときに切ってしまったんじゃないか?
根拠は無いけれど、何故かそう思えて仕方がなかった。

「おかずのリクエストはあるかい?」

「あー…じゃあ、ハムカツが食べたいです」

「ふふ、了解」

次の昼休みの誘いが待ち遠しくてたまらない。
何故か上機嫌な阿久根先輩に、俺も満面の笑みを返して。

今なら、どこまでも走っていけそうだ。



(…言えるわけがないよ)

(君のためのお弁当を作っていて)
(君のことを考えていたら)
(指を切ってしまったなんて)

(恥ずかしくて、言えないよ)




END




恋人の手作り弁当にテンションが上がりまくる高校生男子^^
付き合いたてくらいのイメージです。
いつもは冷凍食品も使うけど善吉のために頑張って全部手作りしてみた高貴ちゃんとかいいんじゃないかな^^

若干キャラ崩壊気味ですがそっとしておいてあげてください。
自分でもどうしてこんなに理想と食い違う高貴ちゃんを書いてしまったのか、不思議でなりません。(…)


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