文章♭

□まだ青い
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※中学生
※スミ→キリ



廊下から覗き込んだ校舎裏に、キリヲがいた。
声をかけようとして踏み留まったのは、彼が一人ではなかったからだ。
キリヲの前には、三人の男子生徒。
ただならぬ気配を感じて、スミオは階下へ急いだ。





悪い奴ではないのになぁ、とスミオなどは思うのだが、一部の男子生徒は彼の態度が気に入らないらしい。
キリヲがああして絡まれるのは、別に珍しいことではなかった。

ただ、喧嘩の強いキリヲが負けたことなど無く、着いたときにはもう相手がのびていた、なんてこともザラなのだが。
それでも、絡まれるキリヲを見るといてもたってもいられなくなって、彼の元へ急ぐのを止められないのだ。

今日もきっと、駆けつける頃には終わっているのだろうと、思っていたのだけれど。

――どうも、様子が違うようだった。

「っ、キリ!?」

スミオが見たのは、後ろから羽交い締めにされて力無く暴力を受けるキリヲの姿。

スミオがなんとか三人組を倒してキリヲに駆け寄ると、彼は座り込んで荒い息をついていた。
誰がどう見ても、具合が悪そうだ。

「キリ、大丈夫かっ?…ってお前、熱があるじゃないか!」

触れた体は燃えるように熱い。

「保健室に行こう。立てるか?」

手を貸して立ち上がらせるも、足取りは覚束ない。
支えて歩くには、スミオとキリヲでは体格差があるため少し危険かもしれない。
考えて、スミオはしゃがんで背中を差し出した。

「キリ、悪いがおぶさってくれ。その方が早い」

キリヲはちらりとスミオの顔を見て、少しの沈黙のあとゆっくりと友人の背に体重を預けた。

普段のキリヲなら、どんなに辛くても自分で歩いただろう。
背中にかかった重みが彼の熱の高さを示しているようで、スミオは唇を噛んだ。

「よし、ちょっと揺れるが、我慢してくれよっ」

発育のいいキリヲの体は重かったが、スミオは出来る限り急いで保健室へと向かった。





保健室に着いてすぐ、キリヲはベッドに寝かされた。
喋れないキリヲの代わりにスミオが経緯を説明し、所々キリヲに同意を求めた。
問いかけに応じられる程度には意識を保っているようだが、普段からは考えられない弱々しさだった。

「…風邪のようね」

傷の手当てをしながら熱を図り、保健医が出した答えがそれだった。

「保護者の方はお家にいらっしゃるのかしら?」

「うーん。キリ、帰ってると思うか?」

答えはノー。
そう、と保健医が息を吐いた。

「本当はすぐお医者様に診てもらったほうがいいのだけど…」

「あ、キリ、メール入れたら来てくれるんじゃないか?」

今度もノー。
来てくれない、ではなく、来てほしくない、なのだろう。
弱っていてもその辺りは譲れないようだ。

――結局、キリヲはしばらく保健室で休養をとることになった。

保健医がキリヲの枕を氷枕に差し替えてカーテンを引く間、スミオはじっとキリヲを見下ろしていた。
その視線を受けて、キリヲが目だけでスミオを見返す。
何を考えているのかは読めないが、少なくともスミオの存在は不快ではなさそうだった。

「ちょっと外すけど、一人で大丈夫かしら?」

「先生、俺が見てますよ」

「あら、貴方は授業があるでしょう?」

「授業なんて、キリが心配で頭に入りませんよ」

保健医はくすりと笑い、じゃあお願いするわ、と言って保健室を出ていった。
行ってらっしゃーい、と手を振っていると、こちらを見つめる視線に気がついた。

「どうした、キリ? あ、一人で大丈夫だって?」

肯定。
じっと見つめてくる瞳に、スミオは笑ってみせる。

「熱がある奴ほっとけないだろ。ほら、病人は大人しく寝てるのだっ」

何か欲しいものあるか?の問いには否定が返ってきた。
じゃあ何か要りそうなものは、と考えて。

「あ、カバン」

きっとこのまま早退するだろうから、荷物を持ってきておいたほうがいいだろう。
すぐに戻ると告げて、早足で教室に向かった。



ちゃっかり自分の鞄も持ってきたスミオが保健室に戻ると、キリヲは静かに寝息を立てていた。

(おお…キリの寝顔、初めて見るな)

極力音をたてないように椅子を持ってきて、ベッド脇に座る。
目を閉じたキリヲを見て、スミオは不思議な気持ちになった。

キリヲは、強い奴だ。
スミオは常々そう思っている。
それは喧嘩に限った話ではない。彼の瞳からは、意思の強さも感じられる。

けれど強いと思うのと、心配に思うのはまた別なのだ。

ピリピリしているのを見ると、もっと肩の力を抜けばいいのにと思う。
絡まれているのを見ると、その手から庇ってやりたくなる。

――キリヲを、守りたい。

そう思う感情の正体に、スミオはもう気がついている。

(…でも、俺はこの位置を失いたくない)

キリヲがこの想いを知れば、きっとスミオを嫌悪するだろう。
それは何より耐えがたいことだ。

“嫌われるくらいなら、友達のままでいい。”

“好きだから触れたい、抱きしめたい。”


相反する願望。
スミオの幼い胸で、膨らみ続ける思い。

「なあ、キリ。いつか、お前に伝えられる日が来るかな…」

芽生えたばかりの愛情は、咲き誇る時を待っている。

キリヲの顔にかかる前髪を払う、その手付きは限りなく優しいものだった。




END





【蛇足】

後日。すっかり良くなったキリヲは、かの三人組にしっかりお礼参りに行ったらしい。

「なんで一人で行ったのだっ。…いや、違うぞ。キリがやられるとは思ってない。ただ、俺だってキリを殴った奴、ぶん殴りたかったのに…。…関係なくないぞっ。友達がやられて、黙ってなんか……っておい、キリっ!」

いつもの騒がしい日常が、そこにあった。





***


喋ら(れ)ないってだけで随分印象違いますよね…。


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