文章♭

□真っ白な愛憎
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白蘭サンのことが嫌いだった。

――この人を止めなくちゃいけない。止めるためには、戦い、手にかけることも厭わない。
その思いに偽りはなく、どこまでも本気だった。

気まぐれな言動も、いつでもふざけているような態度も。
卑劣さも、軽薄さも、残酷さも、気に食わない。
そう、思っていたのに。

『正チャン、』

共に過ごした大学時代が楽しかったせいも、あるかもしれない。
真実を知るまでの間、短い時間だったけれど、一緒にいることが心地よかった。その感覚を覚えているせいかもしれない。

『正チャン、次の講義のあと、あいてる?』

『正チャン、マシマロ食べる?』

『正チャン、ほら、スターチスが咲いてるよ』

僕を見るその瞳が綺麗だとか。
気の抜けた素の表情や、無邪気な仕草がかわいいとか。
そんなことを考えるようになっていて。

でも、それに気がついたのは、最後の最後。
だって認めたくなかったんだ。
倒さなくちゃいけない人物に、惚れてしまったなんて。
そんな愚かな自分を、認めるわけにはいかなかった。

だから、自覚する前に蓋をした。
時折漏れ出しても、それを苛立ちに変えるのは簡単なことだった。

……まったく、ナントカとナントカは表裏一体、なんて、よく言ったものだ。

「白蘭サン、」

綱吉君に敗れて消える白蘭サン。その光景を見て、僕はようやく自分の本当の感情に気がついたんだ。

僕は白蘭サンのことが、好きだったんだ、って。



十年、いや、実際にはそれ以上の、僕の戦いの記憶。
それが過去の僕に引き継がれたとき、僕は発狂しそうになった。
何しろ、何も知らない中学生が知るには重たいことばかりだ。
二十四歳の僕の経験と、思考と、覚悟。それを受け止めるには、十四歳の僕は幼すぎた。

布団を頭から被って、部屋に引き篭る日々が続いた。食事もまともに喉を通らない。
でも、ベッドの上で『記憶』を何度も何度もなぞっていくうちに、思考がついていくようになって。
あるとき、すとん、と。つかえがとれたようにクリアになって、そして僕は『僕』になった。

こんがらがったままの感情と一緒に。



だから、彼が目の前に現れたとき、息が止まりそうになった。

「やあ、正チャン。久しぶり」

記憶よりも若い白蘭サンが、変わらない笑顔で挨拶してくる。
(そんなこと言ったら僕だって若い…というよりは幼い、んだけど。)
まるであの確執が無かったかのように接してくるものだから、僕はバカみたいに口を開けていることしか出来ない。

呆然としている僕に、白蘭サンは訝しげな顔になって、「あれ…?記憶が引き継がれてないのかな?」と首を傾げる。
そこでやっと僕は、これが夢の光景ではないと信じることが出来た。

「白蘭、サン」

「あ、なーんだ。びっくりさせないでよ。僕のことがわかんないのかと思ったじゃん」

途端に笑顔になって、僕の顔を覗きこんでくる。

「ふふ、やっぱり十年前の正チャンは小っちゃいね」

そういえば、白蘭サンは僕のこの姿を見たことがあるんだった。
そう思うとなんだか複雑な気分だ。
…これから身長が伸びても、彼を越えられないと知っているから、なおさら。

「…僕に、何か用ですか」

「あ、そうそう。ちょっと来てほしいところがあってね」

つっけんどんに返しても、堪える様子はない。
言うが早いか、腕を取られて引っ張られる。

「え?ちょっ…白蘭サンっ?」

白蘭サンの視線の先には、黒塗りの車。
大声をあげようかとも思ったけれど(この絵面はどう見ても誘拐にしか見えないだろう)、周りに人気はなかった。くそ。

「ちょっと、なんなんですかっ?」

「だーいじょうぶ。正チャンにとっても悪い話じゃないと思うよ?なんせ、懐かしい顔ぶれに会えるんだから」

「懐かしい、顔…」

そう言われて浮かんだのは、綱吉君とその守護者達や、スパナの姿だった。
ああ、どうしているだろう。元気にしているんだろうか。綱吉君なんかは、また戦いに身を投じているのかもしれない…。

「そーれっ」

「えっ、うわっ!」

油断して車に押し込まれた僕と、ニコニコと笑顔を浮かべたままの白蘭サンを乗せて、車はゆるやかに走り出した。走り出してしまった。



目的地に着くまでの間に経緯を聞いた僕の顔は、それでも憮然とした表情を隠さなかった。ああ、お腹が痛い。

「それならそうと、あそこで言ってくれたらよかったじゃないですか。なにもあんな風に…」

「そんなにむくれないでよ正チャン。あ、マシマロ食べる?」

「いりません」

過去に戻っても、白蘭サンは白蘭サンだった。
それに安堵すべきなのか呆れるべきなのか、本気で謎だ。

「第一、僕はまだ貴方を信用できません。…貴方は、また世界を乗っ取るつもりでは?」

僕の問いを受けて、白蘭サンの唇がゆったりと弧を描いた。けれどもその笑みは、どこか満ち足りているようにも見えた。

「それはない。もうそんな気はないんだよ。そんなことをしても意味がないって、僕の本当に欲しいものは手に入らないって、わかったからね」

…基本的に、白蘭サンは嘘つきだ。
そうでなくても、嘘か本当かわからない言動に、僕は振り回されてきた。

でも、その言葉は真実だと、何故か直感した。確信に近かった。
彼の紫の輝きに、軽薄な嘘は映っていないと、そう思った。

「…そうですか」

「うん。あ、ユニちゃんもね、正チャンに会うの楽しみにしてたんだよ」

「そうですか」

「…ふふっ。正チャンだぁ」

「何なんですか…」

向けられる笑顔に、はっきりと感じた。
僕は白蘭サンが気に食わないけど、やっぱり好きなんだ。



END




気にくわなくて憎らしくて、だけど愛しくて焦がれる。
正一の白蘭への感情は複雑なのです。


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