文章♭

□Cattleya
1ページ/1ページ


金糸の髪に、澄んだ琥珀の瞳。
整った美しい顔と細身の体躯。
何も知らない者が見たら、とてもマフィアのボスだとは思わないだろう。

彼がその見た目に反して、弱くも儚くもないということも。





「ぐうっ…!」

捻りあげられた腕に、男が呻き声をあげる。
男は取引先のボスに掴みかかろうとして、控えていた守護者に押さえられたのだった。

「やれやれ…」

取引先のボス――ドン・ボンゴレが、小さく息をついた。
面倒くさい、と言いたげな声色に、だが男は何も――身動きをとることすら出来なかった。

――勝てる、と思ったのだ。

取り引きが行われていたのは、男がボスを務めるファミリーの屋敷の一室。
ボンゴレ側の人間はたった二人、ドン・ボンゴレその人と、彼の『守護者』だけ。
対して、この部屋には男の部下がその倍以上控えていた。

少年のようなボスと優男風の若い男。どちらも肉弾戦が得意なようには見えなくて。
油断が、男から冷静な判断能力を奪った。
すなわち、力で押さえ込んで優位に立とう、と。

しかし攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、部下は皆一様に床へと崩れ落ちていた。

「…数で押せば、勝てると思ったか?」

ドン・ボンゴレの声は静かに響く。それが、今はただ恐ろしい。

「生憎だったな。今貴様を押さえているのは、私の霧の守護者。ボンゴレでも最高の術士だ」

あれくらいの人数なら、簡単に倒せる、と。
ドン・ボンゴレは何でもないことのように言うが、男は部下がこんなに簡単に倒されるところなど見たことはなかった。

「よく言うだろう? 人を見た目で判断するな、と」

テーブルを挟んで反対側にいた彼が、いつのまにか男の目の前に来ていた。顎に手を掛けられ、上向かされる。
ドン・ボンゴレの顔に浮かんでいるのは、美しくも冷たい微笑――。

「さて、では要求を呑んでもらおうか」

男にはもう、頷く以外の選択肢が残されていなかった。





「…まあ、遅かれ早かれこうなる気はしていたが」

ボンゴレの屋敷に戻ってきて、ドン――ジョットは盛大に息を吐き出した。

「そうですね。最初から『同盟を組みたい』と言う割には態度が不遜でしたし」

霧の守護者、デイモンも同意するように皮肉げな笑みを浮かべてみせた。

「何か甘いものでも食べたいな。デイモン、おまえも付き合え」

「わかりました」

執務室に辿り着き、扉を閉めると、ジョットはくるりと振り返り、デイモンをじっと見つめた。

「今日はやけに乱暴だったな。どうかしたのか」

その言葉に、青年は目を見開き、そして苦笑した。

「…上手く隠したつもりだったのですがね」

「オレに隠し事なんて出来ると思ったのか?」

それもそうですね、とデイモンは小さく息を吐く。
だってそれは事実なのだ。

「…あの男。あなたに触れようとしたでしょう。それが許せなかったんですよ」

ジョットはぱちぱちとまばたきをして、その顔に笑みを浮かべた。

「なんだ、そんなことか」

「そんなこと、ではありません。私にとっては大事なことです」

デイモンの真剣さに、ジョットはおや、と思う。

「そんなに珍しいことでもないだろう?」

事実、今日の男のように掴みかかろうとする者も少ないわけではない。

「…おや、ご存知なかったのですね」

ぐい、と腕を引かれて、壁に押し付けられる。
目前に迫った顔に、ジョットは瞳を瞬かせた。

「私はいつも我慢してるんです。相手が抱いているのは敵意だから、とね。…ですが、今日の男は敵意だけでなく、あなたに興味を持っていた」

だから、許せなかったんです。

目の前で苦々しげな表情を作るデイモンに、思わず微笑がこぼれる。

「デイモン。おまえ、意外と独占欲強かったんだな」

「…意外ですか?」

「ああ、意外だ。おまえはあまり他人に執着しなそうに見える」

「………、そうですね。こんなに強い思いを抱いたのは、あなたが初めてです」

今気づいた、と言わんばかりの笑みに、ジョットも微笑みを返す。

(嬉しい。なんて言ってやらないけどな)

いつのまにか緩くなっていた手首の拘束から抜け出して、目の前の体を抱きしめる。
ジョットのほうが小柄なので、どちらかと言うと抱きついているように見えるが、そんなことは些細な問題で。

「プ、プリーモ?」

うろたえたような声を出すデイモンにも構わず、愛しい体温に頬擦りをする。

「オレは、おまえ以外にこうして触れさせるつもりはないよ」

それは、敵であっても味方であっても、例えば他の守護者であっても。思慕を孕んだ抱擁を、デイモン以外の者と交わす気はないと。
言外に含ませて見つめれば、デイモンの耳はほんのり赤く染まった。

「なあ。デイモン、キスしてくれ。とびっきり甘いやつがいい」

「…、承知しました」

そっと寄せられる顔。その瞳に熱情を見てとって、ジョットはゆっくり瞼を下ろす。
溶けそうな視線も注がれる思いも、自分だけのもの。そんな風に考える自分の独占欲も相当なものだと。

唇が触れ合う瞬間、ジョットはこっそり笑みをこぼした。




END





カトレアの花言葉…あなたは美しい



Blue

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ