文章♭
□frustration
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どさり、と音がした。
それもすぐ近くで。
いや、近く、と言うのは語弊がある。
何故なら。
「…ねぇ、沢田?」
その音の発生元というのが。
「さすがにここでは、まずいんじゃないの?」
俺の真下だからだ。
はっきり言ってしまえば、俺がヒバリさんを押し倒したみたいな体勢になっているのだ。
…みたい、というか、まさにその通りなんだけど。
ここは屋上で。今は昼休みで。(ちなみに俺たちの他には誰もいない。ヒバリさんがいるからだと思うけど。)
一緒に弁当食べて、しばらく話しこんでたら、ふとその桜色の唇が目について。
触れたいな、とか、そういえば最近あんまり触れてないな、とか考えてたら、いつの間にか押し倒していて。
で、今に至るわけだ。
断じてやましい行為をしようと思ったわけじゃないんだ!とか、心の中で言い訳してみるけど…今の状況では揺らぎそう。
「沢田?」
ぼんやりしてたら、殴られた。
もちろん軽く、だけど。
「…聞いてるの?」
その冷たい声色に、今更ながらに状況を思い出した。
そして、今ヒバリさんがご機嫌ナナメになっているであろうことも。
「…っぁ、す、すいませんッ!!すぐ退きますから…!!」
そう言って身を起こそうとして…俺は動きを止めた。
と言うか、動けなかった。
だってヒバリさんが、俺の制服を掴んでいたから。
「あ、あの…ヒバリ、さん?」
胸元を握る仕草がかわいいとか思えちゃう俺は、もう末期なんじゃないだろうか。
…断言出来る。末期だ。
でも仕方ないと思う。
戸惑いがちに掴む手だとか、恥じらったように逸らされた目線だとか、およそ普段のヒバリさんからは想像できない様子なんだ。
普段のヒバリさんも好きだけど、こういうヒバリさんだって好きだ。
つまりは、どんなヒバリさんでも好きだってことなんだけど。
「ヒバリさ…」
「…いくじなし」
「へ?」
拗ねた顔で言われたって可愛いだけなんですけど!
…とは流石に言えず、俺はヒバリさんを呆けたように見つめた。
いくじなし、って。
つまりそれって…?
「あの、ヒバリさん…」
「…っ、もういいよ。退いて」
そんなこと言われたって、退けるはずがない。
だってヒバリさん、自分で気がついてますか?
貴方の手はまだ俺の服を掴んだままなんですよ?
それに、この状況で引いたら男が廃る、気がする。
「…キス、していいですか?」
「え…」
ぽかんとしてる。可愛い。
それからすぐに顔を真っ赤にして、俺から視線を逸らした。
ああ、もう俺ダメだ。(前から“ダメツナ”だけど)
ヒバリさんのすることなすこと全部が可愛いって思えてしまう。
「しちゃいますよ?」
「…すればいいだろ!いちいち聞くな、ばか!」
またそんな可愛い事言うから、俺はさらに自惚れてしまう。
そっと触れるだけのキスを落とすと、ヒバリさんが受け入れるように目を閉じた。
それを確認して、その頬に手を滑らせると、ピクリと小さく反応が返ってきた。
舌で唇をこじ開け、歯列を割って、ヒバリさんの舌を捕まえる。
強張る体を頬を撫でることで溶かし、舌を絡ませ合う。
脳みそが痺れるような快感にふと目を開ければ、ヒバリさんのまつげを涙が濡らしていた。
俺の拙いくちづけでも感じてくれているんだと思うと、愛しさが溢れんばかりに膨れ上がった。
「んぅ……ッ」
ヒバリさんが俺の胸を叩く。
苦しい、という彼の訴えを聞き入れて、俺はそっと唇を離した。
俺達を繋ぐ銀の糸がふつりと切れて、それでようやくヒバリさんは息ができるようだった。
その目尻に溜まった雫を拭うと、ヒバリさんは俺をきっと睨みつけた。
「こんなに激しくするなんて、聞いてないっ」
「え、あ、すみません!」
「…抑え、効かなくなっちゃうじゃないか」
その台詞に、俺は耳を疑った。
ぽかんとしてる俺に、ヒバリさんは挑発的に笑った。
「君だけが我慢してると思わないでね」
情けないとは思いつつも、俺は頬が熱くなっていくのを抑えられなかった。
だってそれは、ヒバリさんも俺が欲しいと思っているってこと。
求めているのは、ヒバリさんも同じってこと。
とても、嬉しい。
「……そんなこと言うと、俺、我慢出来なくなっちゃいますよ?」
「嘘つき。とっくに我慢なんか出来なくなってるくせに」
ヒバリさんがくすくすと笑う。
…まったくもって、その通りだ。
「いいよ。好きにしたら?」
ただし、場所は移して、ね。
襲う体勢に入っていた俺をからかうように、彼が言った。
がっついてると笑われたみたいで恥ずかしくなったけど、はっきり言ってヒバリさんが悪い。
だって、そんな殺し文句聞かされて、我慢しろってほうが無理だ。
…そんなこと、本人には絶対言えないけど。
「じゃあ、応接室に行きますか?」
「ああ、いいよ。今日は皆真面目に授業を受けているはずだからね」
二人でくすくす笑って立ち上がる。なんだか楽しくてしょうがなかった。
そして俺達は、ドアの閉まるガチャンという音を残して、屋上を後にした。応接室に向かう途中でチャイム―授業の開始を告げる音―が鳴ったけど、俺達には関係のないものだった。
だって今の俺達に必要なのは、お互いを愛情で満たすこと、それだけだから――。
END
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