文章♭

□SLANDER
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――なぁ、お前知ってるか?

――何を?

――今一部ですげぇ有名になってる噂。

――噂?誰の?

――…雲雀恭弥のだよ。




SLANDER




恐い、と思っていた人に、淡い想いを抱くようになったのは、いつからだっただろうか。
いつからか、彼という存在に心を奪われていて、気づけばその姿を目で追うようになっていた。

初めはこの感情に名をつけられなかった。認めてしまえば何かが変わってしまいそうで、恐かったのだ。

今は、はっきりとしている。

紛れも無く、綱吉は雲雀に恋をしていた。



------



昼休み。
昼食を食べた後、山本も獄寺も用事があると言っていなくなってしまったので、綱吉は校内を散歩することにした。

あてもなくぶらぶらと歩き、体育館裏に差し掛かった時、話し声が聞こえて、綱吉は足を止めた。
いつもなら、足など止めずにその場を立ち去っていただろう。それをしなかったのは、話し声の中に雲雀の名前を見つけたからだ。

『雲雀恭弥の噂?』

『ああ。アイツ、男相手にカラダ売ってるんだとさ』

嘲るような男の声に、一瞬、綱吉は呼吸を忘れた。

ヒバリさんが体を売ってる?
そんなこと、あるはずないのに…。

全身の血が凍るような感覚。それはひどく気分の悪いものであった。

『マジかよ!?だってアイツ、男だろ!?』

『でも買いたがるヤツは結構いるらしいぜ?ま、そこらの女よりも綺麗な顔してるし、わからないでもないけどなー』

『違いねえや』

げらげらという下品な笑い声に、凍った血が内側から煮えたぎるような激しい怒りを感じて。

綱吉は二人の男の前に躍り出た。

こんなにも激しい怒りは、綱吉自身も初めて感じたものだったので、勿論制御など出来るはずも無かった。

「お?ダメツナじゃねぇか。何の用……ッ!?」

男が最後まで言わないうちに、その横っ面を殴り倒した。

「なっ…!?テメェ、何のつもりだ!!」

「…………すな」

「あァ!?聞こえねーよ!!」

その台詞と同時に、綱吉は顔をあげた。その目には、冷たく燃える炎が宿っていた。

「ヒバリさんを貶すなって言ったんだッ!!」


――それからは、何が起こったのか、綱吉自身にもよくわからなかった。
気づいたら、足元には男が二人、転がっていた。

わかるのは、自分が満身創痍の状態であること。そして、自分が『喧嘩』に勝ったのだということ。
それだけだった。

遠く、始業を告げるチャイムの音が聞こえた。

背中に視線を感じてのろのろと振り向くと、果たしてそこには雲雀恭弥その人が立っていた。

「ヒバリ、さん…」

口の中がカラカラに渇いていて、うまく言葉が出てこない。
どうしよう。何をどう言えばいいんだろう…。

雲雀は綱吉の足元に転がる男たちを見やって、薄く笑った。

「好きに言わせておけばいいじゃないか。所詮は根も葉もない噂話なんだから」

ああ、やっぱり売春なんてしてなかった。
そう思って安堵した自分に、軽く嫌悪した。

「…出来ません。すごく、腹が立つんです。普段なら出来ないようなことが出来ちゃうくらい」

綱吉はぐっと下唇を噛んだ。

実際、ここまで憤っていなければ、男たちに返り討ちにされていただろう。
さっきの綱吉は、憤りに我を忘れた獣そのものだった。

綱吉の様子を見ていた雲雀が、静かに口を開いた。

「…どうして君が怒るの?」

「、それは…っ」

貴方が好きだから、と言ってしまいそうになって、綱吉は慌てて言葉を呑み込んだ。

言えない。言えるはずがない。
嫌われたくない…!

…けれど。

意気地なしのままでも、いたくなかった。

「俺は…っ」

口を開いた瞬間、じわり、とこみあげてくるものがあって、綱吉は目頭を押さえた。

駄目だ。泣いちゃ駄目だ。

そう念じても、涙は引いてはくれず、頬を伝って流れ落ちてしまった。
そうなると、あとからあとから雫がこぼれて、涙は止まらなくなった。

「俺、は…、ッ」

言葉に嗚咽が混じる。
ちゃんと、言いたいのに…。

次の言葉が紡ぎだせないでいると、何かが綱吉の目尻を拭った。

それは、雲雀の白い指だった。

「ヒバリさ…っ」

「続きは?」

雲雀の声は普段と変わらなかったが、不思議とその響きに安心して。
嗚咽もだいぶ治まっていた。

「俺は、ヒバリさんが、好きです。だから、誰にも、貶されたく、ないんです」

言ったらまた涙が出てきてしまった。

「しょうがない子だね」

その言葉に顔をあげると、今度は頬を雲雀の手のひらで包まれた。

「僕が、何とも思ってないヤツにこんなことすると思ってるの?」

「え…」

自分は今、きっと情けない顔をしているだろう、と綱吉は思った。涙で汚れた頬に、歪んだ表情。

その顔を、今雲雀に包まれている…。

それを理解すると、急速に涙は引き、代わりに耳まで真っ赤になった。

「あ、あの、ヒバリさん」

それって、ヒバリさんも、俺のこと好きってことですか?

「……ッ」

言った瞬間、雲雀の瞳が揺れた。綺麗な、夜みたいな黒。

それは、言葉にするより如実に、肯定を示していた。

恥ずかしくなったのか、綱吉の頬を包んでいた手が離れる。
それを追いかけて捕まえて、その細長い指に口づけた。

「なっ…!」

さすがに驚いたらしく、雲雀の肩がびくりと跳ねた。だがその仕草に嫌悪や拒絶は含まれておらず、綱吉は内心でほっとした。

「ヒバリさん…ありがとうございます」

こんな情けない俺を、好きになってくれて。

「…馬鹿だね」

目の前の麗人の、全てが愛しいと感じた。



END




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