文章Θ

□共依存メランコリィ
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※病んでます。






今日も後ろの席は空いたまま。学校にも誰にも連絡は入っていないようだ。
火神大我は、知らず溜め息を吐いていた。

(…おかしい)

黒子テツヤが、もう一週間学校に来ていない。
無断で学校を休むなんて、するような人間ではないのに。

もちろん気にしているのは火神だけではない。バスケ部員の最近の話題には、黒子のことが良くあがる。
そしてその日の部活終了後、火神は部を代表して黒子を訪ねることになった。

――いつもなら真っ先に口を出しそうな少女が静かだったことに、そのときは全く気が付かないままで。





教えてもらった家の前に立ち、インターホンを押す。
出ないだろうと半ば諦めていたのだが、予想に反して数瞬後、内側からぱたぱたと足音が聞こえた。
いたのか、と安堵したのも束の間、耳が違和感を訴える。
黒子の足音は、もっと静かで軽かったような気がするのだが――。

金具が軋む音がして、扉が開く。

「あ、火神っち。久しぶりっスね」

「……な、んで、」

そこにいたのは黒子ではなく、黄瀬涼太だった。
彼を間違えようはずもない。整った顔も、特徴的な口調も、不本意な呼び方も。

「むー、その反応はちょっとゴアイサツじゃないっスかぁ?」

だからこそ、違和感は強烈で。

「っ……悪かったな。黒子は?」

「黒子っちに用っスか? 中にいるっスよ。――どうぞ」

「え?」

てっきり呼んでくれるのだと思ったのに、中へと促されて面食らってしまう。

「や、すぐ済むと思うけど…」

「そんな、せっかく来てもらったんだから、お茶くらい出すっスよ」

いつもと同じ、軽い調子の言葉。
しかし、何故かその瞳が昏く光ったような気がして、心がざわついた。

「ささ、どうぞー」

結局火神は促されるまま、黒子が待つはずの室内へと足を踏み入れたのだった。





「黒子っちー。火神っちが来たっスよ」

通されたのはリビングだった。
一週間ぶりに見た黒子に、特に変わった様子はない。

「よう黒子、」

変わった様子はない。黒子本人には。
思わず言葉を詰まらせた火神の視線の先。
黒子の右足首には、足枷が鈍く光っていた。

「火神君。一週間ぶり、ですね」

何かと繋がっている様子は無いが、火神には、見えない楔が見えた気がした。

「話があって来たんでしょう?」

「あ、ああ」

「……まあ、とりあえず座ってください。立ち話もなんですから」

言われた通り、向かいに腰掛けると、黄瀬が人数分のコーヒーを持って戻ってきた。

「はい、火神っち。砂糖とミルクはお好みでどうぞ」

火神にしてみればそれどころではない。
黒子と黄瀬に違った様子はないが、だからこそ、違和感を強く感じる。頭の中で、何かがおかしいと訴えている。

――足枷。そう、足枷だ。

何故そんなものが必要なのか。
火神が顔をあげると、黒子の静かな瞳とかち合った。

「火神君。ボク達に聞きたいことがあるんじゃないですか?」

ひゅ、と喉が鳴る。これは聞くことを許されている、のか。
知らずに溜まっていた唾液を飲み込んで、火神は疑問を声に出した。

「何で、オマエ、学校に来ないんだよ……皆心配してるんだぞ」

黒子と黄瀬は顔を見合わせた。
火神が何をそんなに緊張しているのかわからない、という表情である。

「それはすみません。ですがこの通り、ボクは外出を制限されていて、一人で外に出られないんです」

誰に、というのは聞くまでもないことだろう。
制限されているのは動きではないのに、外出できない、しない理由も。

「生活費は?」

「オレがモデルなの忘れたんスか? もちろん、働いて稼いでるっスよ」

「オマエは制限されてないのか?」

「? 黄瀬君はボクのところに帰ってくるとわかっているのに、どうして制限する必要があるんですか?」

目の前に座っている二人は、こちらがおかしいのかと錯覚しそうになるほど穏やかだ。

「制限っていうのは、外に出ないってことか?」

「大雑把に言うとそういうことになりますね」

「……オマエらは、それでいいのかよ?」

黒子も黄瀬も、目に見えて虚を突かれた顔になった。予想していなかった、というより考える必要性を感じなかったのだろう。

短い沈黙の、後。

「いいも何も…帰ってきたら黒子っちが絶対いて、オレを迎えてくれる。オレだけを見て、愛してくれる。これ以上の幸せはないっスよ」

「キミにはきっと、ボクが一方的に縛りつけられてるように見えるんでしょうね。でも、それは違う。ボクも、望んだことなんです。」

黒子の手が、黄瀬の腰を抱き寄せる。黄瀬は嬉しそうに微笑って、黒子に寄り添った。

「ここに縛られることで、黄瀬君はボクという存在に縛られるんです。それはとても素敵なことでしょう?」

「………っ」

火神は息を呑んだ。
その顔、その声のなんと満ち足りていることか。

――この二人にはもう、他人が何を言っても通用しないだろう。
何より、彼らはその状態に至上の幸福を感じてしまっている。

「…そうかよ」

火神はそれだけ言って、すっかり冷めてしまったコーヒーに口をつけた。
味の良し悪しなんて、微塵もわからなかった。





黒子達の家を後にすると、一人の少女が立っていた。

「カントク…」

「お疲れさま。…ちょっと話があるんだけど」

「…いっスよ」

じゃあ、場所移そっか。そう言われて向かったのは、程近い公園だった。

「ごめん。あたし、知ってたの。黒子君と黄瀬君のこと」

俯きがちに話すその姿は、快活な彼女らしくもない。

「でもアンタを引き留めたら、理由を皆に話さなきゃいけなくなるでしょ? それは…出来なかったから」

「口止めされてたのか」

「…ま、そんなとこ」

リコは小さく苦笑した。

「あたしもね、偶然話を聞いちゃっただけで、詳しい経緯とか、何があったのかとか、知らないんだけど」

どうもね、あの二人にとって、図り知れないほどショックな出来事があったみたい。

「本当はダメなんだと思う。黒子君がずっとあの中だけで過ごすなんて、良くないに決まってる」

リコは一度言葉を切って、きゅっと服の裾を握った。

「だけどね火神君。あたしは、あのふたりが笑って暮らせるならそれでいいのかなって思うの」

だって、二人のあんなに傷ついた顔、初めて見た。
今にも壊れそうなあの子達、見てられなかったのよ。

その場面を思い出したのか、瞳に涙を浮かべながら話すリコを、火神は黙って見下ろしていた。

(ショックなこと、か…。それで二人の殻に閉じこもったってのか?)

やがて目許を拭った彼女が、顔をあげて笑ってみせた。

「付き合わせちゃってごめんね。もう遅いんだから、気を付けて帰んなさいよ」

それはこっちの台詞だ、とでも言うべきだったかもしれないが、「…ああ」とだけ言うのが精一杯だった。
背を向けて歩いていく少女の背を見つめて、火神は考える。

(俺は……二人が幸せならいいなんて、殊勝なことは思えない)

だってあの状況は、二人の本当の願いなのか――?
火神は手のひらを握りしめて、しばらくその場に立ち尽くしていた。





「なんか、久しぶりに火神っちに会った気がするっスよ」

火神が退室してからも、二人はソファーに座っていた。

「まあ実際久しぶりですしね、特にキミは。…火神君は……ボクたちの話に納得がいっていないようでしたね」

「…そうっスね。だけどそれもしょうがないかなって思うよ。だってこんなの……異常っしょ」

黒子の足枷をそっと撫でて、悲しげに呟く。
そう、二人だって理解している。自分達が間違っていることくらい。

「黄瀬君…」

「でもオレは……『ただいま』って言った先に黒子っちがいないと嫌だ。黒子っちが他の人を見るなんて許せない。黒子っちが家にいないなんて耐えられない。誰になんて言われたって…」

語尾を震わせた黄瀬を抱き寄せて、黒子も頷く。

「それはボクも同じです。ボクにはキミだけが、キミにはボクだけが、そうじゃなくちゃ駄目なんです。黄瀬君を泣かせて苦しませるなんてあってはならない。誰にどう思われたって、譲れないし変わらない」

彼らは互いが互いを縛る鎖。けれど、だからこそ愛しいと、彼らは微笑む。

閉ざされた聖域の中、その涙は誰がために。





-END-




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