文章Θ
□夏空に咲く
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※パラレル。
好きだと伝えた。所謂告白である。
その相手である黄瀬君は、予想通り嫌悪のかけらも示さなかったものの、嬉しそうな顔はしなかった。
…黄瀬君もボクのことが好きだということは知っていた。だから告白した、というわけではないが、しかし黄瀬君のこの表情は、どういうことなんだろう。
彼は、泣きそうな顔をしていた。同時にそれは何かを耐えるような表情でもあるのだが、耐えているのは涙だけではなさそうだった。
「黄瀬君…?」
声をかけると琥珀の瞳が小さく揺れて、でも真っ直ぐボクを映す。
「……黒子っち、」
一旦逡巡するそぶりを見せたけれど、意を決して。そんな言葉が似合う表情で名を呼ばれたので、ボクは一言だけ返事をした。
「聞いてほしい話が、あるんス」
ざあ、と風が流れた。こめかみから伝う汗を不快だと感じるものの、黄瀬君の話とやらが気になって、汗をぬぐう気は起きなかった。
しかし、そうやって神経を注いでいたにも関わらず、その話の内容には咄嗟に反応出来なかった。
「オレが、未来から来たんだって言ったら、信じてくれますか…?」
「え…?」
いま、彼はなんと言ったんだろう。
未来、から、来た? この場面で冗談を言うほど、黄瀬君は空気の読めない人間ではないが、俄かには信じられない話だ。
ボクが口を閉ざしたままでいると、黄瀬君はどう受け取ったのか。
「いや、信じてくれなくてもいいんス。ただ、…オレは未来人だから、黒子っちとは付き合えないって、言いたかっただけなんで、…」
「それはどういう、ことですか…?」
どうにかそれだけを絞り出し、黄瀬君の返答を待つ。
信じられないと言うより、予想もしていなかった事態に混乱している。
「そういう、決まりだから」
そう言ってから黄瀬君は、この時代に来た経緯を話しだした。
「…オレがこの時代に来ようと思ったのは、中2にあがるちょっと前、スポーツに関する歴史書で初めてバスケのことを知ったからだったっス。信じらんないかもしれないけど、あっちの時代にはもう無いんスよ」
ボクの顔から驚きを読み取ったらしい。黄瀬君がちょっと苦笑した。
「それで、オレはバスケットボールというスポーツにすごく興味をもって、実際にやってみたくなった。オレの時代では時間旅行が盛んで、だからこの時代に来られて、転入生として帝光中にも入れた」
黄瀬君の転入。そのことはボクもよく覚えている。
2学年に進級してまもなくやってきた転入生。空いていた席はボクの隣だった。何部に入っているのか聞かれ、バスケ部だと答えたときの笑顔は、まだボクの心の中にある。
黄瀬君にはたくさん友達が出来たみたいだったけれど、よく行動を共にしたのはボクだった。『だって、黒子っちの隣が一番居心地いいから。』――多分、あのときの言葉ときれいな笑顔に、恋をしたんだ。
「本当は、中学を卒業したら未来に帰るつもりだった。でも、バスケは想像以上に楽しくて、この時代から離れがたかった。今度こそ本当にあと3年だけって約束して、親にも許してもらった。――オレ、あっちでは学校行きながらモデルの仕事してたんスけど、こんなに夢中にはなれなかったっス。だからかな、親が案外すんなり許してくれたのは…」
黄瀬君は空を見上げた。空を、と言うよりどこか遠い場所を視るような目だった。
「あと3年。――ああ、もうあと2年半になるのか。それでいいと思った。高校3年間、思いっきりバスケやって、そしたら気持ち良く帰れるって。……でも、」
一対の琥珀が、すっとボクを見つめた。
「黒子っち。キミの存在が、オレの中でどんどん大きくなって、キミのいるこの時代から離れたくないって、思っちゃったんだ…」
泣き笑いのような表情。初めて見る顔だった。
「オレはあっちに帰らなきゃならないから、絶対に別れがくるのはわかってた。辛くなるのはわかってたんだ。なのに、黒子っちのそばにいたいって気持ちは、消えてくれなかった…!」
「………、ここに、いたらいいじゃないですか」
零れた声は、情けなくも震えていた。黄瀬君は目を伏せる。そんな辛そうな表情をさせたかったわけじゃないけど、ボクだって必死だった。
「ずっと、ボクのそばにいたらいいじゃないですか…ッ」
ボクの縋るような声は、黄瀬君の瞳を揺らした。今度は顔ごと伏せてしまう。
「…ダメなんスよ」
「どうしてっ!」
「ダメなんだよ!…高校卒業と同時に帰るのは親との約束だし、何より、別の時代の人間と恋人同士になったり、結婚したりしちゃいけないって、決まりがあるんだ…」
黄瀬君が唇を噛みしめる。そんなに噛んだら切れてしまう、なんて場違いに考えた。
頭の中を整理出来てないだけかもしれないけれど、ああそうなんだと諦めることは出来そうになかった。
深呼吸して、俯いたままの黄瀬君を見つめる。
「……もう一度だけ、言わせてください。キミが未来人だと知っても、やっぱりボクはキミが好きです」
見開かれた眼が、ボクを映す。ボクが引かないと知ると、黄瀬君の顔がくしゃりと歪んで。
「……―れだって、オレだって、黒子っちが好きだよ…ッ!」
大粒の涙がほろりと零れたのを皮切りに、黄瀬君は涙を止められなくなってしまっていた。
拒否されるかな、と思ったけれど、抱き寄せてやればすんなり体を預けてきた。
ボクの肩に顔を押しつけて泣く黄瀬君に、愛しさと切なさがこみあげてきて、細い体を抱く腕により力をこめる。
「黒子っち、黒子っち…ッ」
「黄瀬君……」
Tシャツに縋り付く黄瀬君の白い手は、そこに皺をつくっている。肩に染み込む涙も感じる熱も、今確かに存在しているのに。
この腕の中にある存在が、約2年半後には世界のどこにもいなくなるなんて、許せない。
――嗚呼、彼を繋ぎとめるために、ボクに何が出来るだろう。
見上げた空はどこまでも青くて、長い飛行機雲が、その存在を主張していた。
end.
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