文章Θ
□密かに沈む群青の夢
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※黒←黄。ちょっと長い。
※帝光中時代かと。いろいろ捏造。
※黄瀬が女々しい。
きっかけは、今日の昼休み。他愛のない雑談だった。
昨日のバラエティー番組の話だとか、新作ゲームの話だとか、ありふれた男子学生の会話。その流れで、あの話題が持ち出されたのは、ある意味必然だったのかもしれない。
――どんな子がタイプ?
それはオレに振られた質問ではなかったけど、心臓が嫌な感じに跳ねた。
胸がでかい子、いやスレンダーなほうが、などと意見が飛びかうなか、オレに水が向けられた。
「黄瀬、お前は?」
「え…っと、そうっスね、…目がおっきくて、おとなしいカンジの子…かな」
厳密に言えば『女の子のタイプ』ではないけど、別に嘘は吐いてない。オレが想いを寄せるそのひとが、女の子じゃないだけ。
「へえ、なんか意外」
「ああ、黄瀬ってギャルっぽい子が好きなんだと思ってた」
「それは偏見じゃないっスかぁ?」
あはは、とみんなが笑う。そんな中で、オレの隣に座っている、今言った特徴を持ったひとは、ちらりとオレを見上げただけだった。
黒子っち。
…オレの、すきなひと。
「そうだ、黒子は?」
「どんな子が好きなわけ?」
またしても、心臓が嫌な音をたてた。
この時ばかりは、みんなが黒子っちの存在を忘れてればよかったのに、と思った。
そうすれば、オレは。
「…そうですね、ボクは……、笑顔の可愛い小柄な子が好きです」
……聞きたかったけど、聞きたくなかった答えだった。
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はあ、と自然にため息が出た。
自室のベッドに寝転がって、携帯を弄っていても、頭の中は昼休みに黒子っちが言ったことでいっぱいだった。
『笑顔の可愛い、小柄な子』
黒子っちの理想に近付けるなら、どんな努力も出来る。そう思ってた。
自分で言うのもなんだけど、ルックスは悪くないし、順応性もあるほうだと思うし。
でも、今日のことで、思い知ってしまった。
どんなに頑張っても、オレは女の子にはなれない。
なんで気が付かなかったんだろう。黒子っちだって、女の子がイイに決まってるのに。
オレがどんなに頑張ったって、友達以上に見てもらえるはずがない、のに。
携帯を放り出して、腕で目を覆う。
…それでも黒子っちが好きな自分が、なんだか惨めだった。
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「黄瀬君。具合でも悪いんですか?」
びくん、と体が跳ねた。
黒子っちもそれがわかったらしい。眉間に皺が寄った。
翌日の部活は、自分でもわかるほど調子が悪かった。普段はしないようなミスを連発。
見兼ねたキャプテンに、オマエちょっと休んでろ、と言われて、体育館の隅っこで見学していたところだった。
「あ、や、大丈夫っスよ。ちょっとうまくいかないだけっスから」
「……今日一日そんな調子だったじゃないですか」
「…そうだっけ?」
こちらを見る黒子っちの目を、まともに見られない。
だってそうだろう、不調の原因が恋煩いで、その相手が今目の前にいる黒子っちだなんて、言えるはずないんだから!
「とにかく、黄瀬君が復帰出来そうもないなら帰すように、とのキャプテンのお達しです。送ってあげますから、帰りましょう」
え、と顔をあげる。視界には休憩をとる部員。
その中で、キャプテンはオレの視線に気が付くと、帰れ、のサインを送ってきた。
…なにが『復帰出来そうもないなら〜』だ。帰す気満々じゃないか。
(ああ、もう。なんでよりによって黒子っちなんだよぉ…)
そりゃあ、確かにオレが普段一番懐いてるのは黒子っちだけど、黒子っちにとってのオレはそんなんじゃないはずなのに。
きっとキャプテンの差し金なんだろう。今日に限っては、素直に喜べない。
嬉しいのに嬉しくない、なんて。
最近のオレの思考は矛盾ばかりだ。
「黄瀬君?立てますか?」
「……うん。だいじょーぶ」
なにが大丈夫なんだろう。
自分に問いながら、重い腰をあげた。
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結局。一人で帰れると主張したものの、黒子っちが許してくれず、こうして二人で歩いている。
でも意外だった。あっさり一人で帰してくれちゃうと思ってた。
ちらりと盗み見ても、黒子っちの横顔はいつもと変わらない。
(ちょっと前のオレなら、喜んだんだろうな)
恋を自覚する前の、オレなら。
もっとも、自覚してないならこんな状況には陥らないはずだけど。
はあ、とため息を吐き出しそうになって、慌てて呑み込む。
聡い黒子っちに気付かれて理由を問われたら、きっとオレはいらないことを言ってしまう。それだけは避けたかった。
無言のまま家にたどり着き、お礼を言おうと振り返ると、
「黄瀬君」
強い視線に射抜かれて、思わず竦んでしまった。
「具合が悪いわけじゃないなら、悩みでもあるんですか」
「そ、れは…」
喉が異様に乾いている。
なんて言えば、黒子っちは納得してくれるんだろう。ああ、オレの馬鹿。体調不良にしとけば良かったのに。
「…ボクには話せないことですか?」
黒子っちの瞳は、いつも通り透明で真っ直ぐだ。そこに微量の感情が浮かんでいるのを見て、居たたまれなくなる。
俯いたオレの手を、黒子っちが取った。
「……ッ!」
大きく跳ねたオレの体に何を思ったのか。黒子っちが唇をひらく。
「黄瀬君。ちょっとあがっていってもいいですか」
――嗚呼、踏み入ってこないで。キミがいとおしいって、泣いてしまいそう。
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お邪魔します、と律儀に言う黒子っちを、オレの部屋に通した。
落ち着かなくて、飲み物でも、と部屋を出かけたけど、座ってください、と言われておとなしく腰を下ろした。
精神的な何かのせいか、オレが黒子っちの言うことに逆らえたためしはない。
「…本当は言うつもりは無かったんですが。単刀直入に言います」
その言葉に、なんだかすごく嫌な予感がした。
いつもと同じ、落ち着いた、オレの好きな声なのに、何かが違う気がして。
自分の膝に視線を固定したら、もう顔があげられなかった。
「――キミは、ボクのことが好き、なんでしょうか」
ひゅ、と息を吸い込む音が、やけに大きく響いた気がした。
それは、いつもだったら『うん、オレ黒子っち好き』と返せるはずの問い掛け。
今は、出来ない。だって声色でわかる。
黒子っちが言う『好き』は、友情じゃなくて、恋慕のそれ、だ。
とうとう気付かれてしまったんだ。
――嫌われた? 気持ち悪いって思われた? もう友達では、いられない?
悪い想像ばかりが頭を巡る。喉が震えて、下手したら泣きそうだった。
そんなオレを見て何を思ったのか、黒子っちがゆるく息を吐き出す。
「すみません。責めているわけではないです。…ただ、確認したかっただけで」
「か、くにん?」
我ながら、震えた情けない声だった。
でもそんなことより、黒子っちの声に嫌悪が混ざってないことのほうが重要で、混乱と安堵で変な気分になる。
「はい。……実は、少し前からキミの気持ちには気が付いていました」
無意識のうちに喉から「え」とこぼれ落ちていた。
「知っていて、でもキミが言い出すまで黙っていようと思ったんです」
「な、なんで…?」
黒子っちはちょっと苦笑いしたみたいだった。
「確証が無かった、というのもありますが、一番の理由は…そうですね、好きな人に告白されたら、嬉しいじゃないですか」
反射的に顔をあげて、信じられない気持ちで黒子っちを見つめる。
――ボクは、キミが好きです。
その時のオレは相当間抜けな顔をしていたと思う。
黒子っちが真剣な目をしてオレを見つめる。
「信じられませんか? じゃあ言いますけど、今日黄瀬君を帰すように言ったのは、ボクです」
まあ正確には帰らせます、と言ったんですけど。
なんて言われても、考えもしなかった事態のせいで呑み込めなくて。
痺れをきらした黒子っちが、これならどうです、と顔を寄せてきて、意図に気が付いたときにはもう唇が、
(うわ、わ、)
「――信じてくれますか?」
オレ、今、きっと耳まで真っ赤になってる。
唇が離れても顔はまだ近いままだったから、一部始終を見ていただろう黒子っちが、至近距離で微笑った。
(!)
それは本当に微笑と言えるものだったけど、オレにはそれで十分。
「黒子っち、……すき、っス!」
そのときにはもう頬の赤みなんて気にならなくて、考えるより先に黒子っちの胸に飛び込んでいた。
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「好みのタイプ?」
「うん。『笑顔の可愛い小柄な子が好き』って言ってたじゃないっスか」
部活の休憩時間の会話だ。
調子を取り戻したオレを見て、キャプテンは満足そうに笑った。
キャプテンはオレと黒子っちのあれこれを知らないけど、やっぱり迷惑掛けたんだし、すいませんでした、くらい言うべき…なんだろうな。
「ああ、それで様子がおかしかったんですね」
「う…」
ちなみに、オレらは皆から離れた場所に座ってる。じゃなきゃこんな会話出来ないし。
「だ、だって好きな人のことっスよ? 気になるじゃないっスか!」
やば、顔赤いかも。
なんていうか、今思うとかなり恥ずかしい思考を展開してた気がする。なんなんだオレ。乙女か。
オレが頬を気にしてると、隣で黒子っちがふ、と笑う気配がした。
「キミは本当に――かわいい人ですね」
思わず黒子っちの方を向くと、やわらかい目でオレを見ていて、今度こそはっきり頬が熱を持つのがわかった。
「あの時言ったのは、『女の子だったら』の話ですよ。『好きな人』を言ったんじゃありません」
「え――」
思考停止。
……それってつまり…じゃあオレが悩んでたのって一体…。
「……も、穴があったら入りたい…」
「ボク的にはアリですけどね」
そんな、さらっと言われても。
うーうー唸るオレを横目に、黒子っちはスポーツドリンクを口にする。
その時、あ、って思った。
あの唇と、キス、したんだよな。
そう考えたら、何だか胸がほわって熱くなった。
あの時は混乱してて余裕なんてなかったけど、重なった唇のやわらかさと熱は覚えてる。
そこまで反芻して。
「黄瀬君…?」
気が付いたら、黒子っちのほっぺに唇をくっつけてた。
「…あ、あ!その、これは…」
ほっぺちゅーをして、こんなに恥ずかしくなるなんて初めてだ。
しどろもどろに弁解しようとすると、黒子っちがふっと微笑った。
「嬉しいです。…でも」
繊細な指が、その薄い唇を差す。
「欲を言えば、こっちにしてほしかったですね」
照れくさいやら嬉しいやらで、オレは思わず破顔してしまった。
――だってそれって。黒子っちもオレとキスしたいって、考えてた?
黒子っちが手を伸ばしてきたから、オレも手を出して、指を絡ませた。
そして今度はどちらからともなく顔を近付けて、キスをした。
――唇はすぐ離してしまったけど、繋いだ手のひらは、休憩終了の声が掛かるまで、そのままだった。
fin.
タイトル提供元:joy様
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