文章Θ

□閉塞願望
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※病んでる話。








――かつん、かつん。

硬質な音に、黄瀬は目を覚ました。
冷たい石の感触――彼が寝ていたのは、ベッドの上ではなく固い石の床の上だった。
身体を起こせば、目の前には鉄格子。そして、右足首の枷が、黄瀬の行動の自由を奪っていた。

(――ここ、は…)

黄瀬がいるのは、巨きな鳥籠の中のようだった。鳥籠、と言っても、地下室の床に鉄格子を立て、それを鳥籠のように組んで作ったような場所だ。その外は、暗くてよくわからない。
見慣れない景色だったが、不思議なことに、黄瀬には『誰かに閉じこめられたのだ』ということがわかっていた。それ以上は、頭が上手く働かない。

――かつん、かつん。

改めて自分の身体を見下ろすと、枷以外は何も身に纏っていなかった。真白な肌に、黒い足枷が異彩を放つ。
枷から伸びた鎖は、床の中央に繋がれている。
(こんなことしなくても、オレは逃げないのに)
黄瀬はぼんやりと思う。

――かつん、かつん。

硬質な音が大きくなってきた。
ふと、闇の中に光が見えるようになる。それはどんどん近付いてきて、燭台の輪郭を露にする。

――かつん、かつん。

そしてとうとう、燭台は人の形を照らし出し。

――かつん。

鳥籠の、黄瀬の前で、足音は止まった。

「黄瀬君」

足音の主は、黄瀬の恋人――黒子だった。
彼はしゃがんで、床にぺたりと座り込んでいる黄瀬に目線を合わせると、愛しげに微笑んだ。

「黄瀬君、好きですよ」

黄瀬も何か返そうと思うのだけれど、何も言葉にならない。
黒子はそれを見透かしたように目を細め、燭台を床に置いて、両手で黄瀬の頬を包んだ。

「だから、――もう何処にも、行かないでくださいね」

うっそりと笑みを深め、黒子は黄瀬の唇を、己のそれで塞いだ――。










街はまだ、夜の闇に沈んでいた。
確認した時刻は午前二時二十分。乱れた息を整えながら、黄瀬は隣を伺った。
同衾している恋人は、ぐっすり眠っている。ほっとして、息を吐き出す。

(なんて夢だよ……)

鳥籠に囚われた自分と、自分を閉じこめて微笑む黒子。
しかし黄瀬が動揺したのは、夢の内容そのものではなく、自身の心境、だった。

閉じこめられて、感じて然るべき感情、つまり恐怖だとかそういうものを、夢の中の黄瀬は感じていなかった。それどころか、自分を閉じこめたのが黒子だと知って、胸の中に生じたのは、仄かな――歓び。
夢の中だから、と言ってしまえばそれまでかもしれない。しかし、そう切り捨てられない理由が、黄瀬にはあった。

(あそこまでしてほしいわけじゃないけど……でもあれは、オレの一番深いところにある望みの、究極のカタチ…)

寄せられる愛情に、不満があるわけではない。黒子は十分黄瀬を愛してくれている。それは黄瀬だってわかっている。
けれども、時折どうしようもなく不安になる。足りなくなる。そんな時、もっと束縛してほしい、と思う。
勿論そんなこと黒子に言えよう筈もなく、胸の中に降り積もらせていくばかりだった。

そして蓄積した想いはとうとう、黄瀬に夢を見せたのだ。

(本当、なんでだろ。不満があるわけじゃないのに。心も身体も繋がって、これ以上オレは何が欲しいの?)

思索に耽る黄瀬の隣で、黒子が寝返りをうって黄瀬の方を向いた。そして自然に腕を伸ばし――黄瀬を胸の中に収めた。

(――!)

慌てて黒子の顔を覗き込むも、彼は未だ眠っていた。つまり、黄瀬を抱き寄せたのは、無意識、ということだ。

「……、黒子っち…」

黒子のぬくもりは温かく、心地好い。その事実に、何故か泣きたくなった。

「黒子っち、オレを――」

黄瀬は自身が続きを言ってしまわぬよう、黒子の首筋に唇を寄せた。秘めた願いは、白い首筋に赤い花弁を咲かせたのだった。




END




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