文章Θ

□宵闇涙雨
1ページ/1ページ


――今日は朝から、生憎の雨模様だった。
降り続く雨は深夜になっても勢いが衰えず、絶え間なく雨音を響かせている。

ベッドに腰掛け、サイドランプを消そうとしたところで、誰もいないはずの玄関からドアを開ける音。次いでコツリ、と足音が聞こえた。

「誰だ?」

暗くて時間の感覚は麻痺しているが、今は人々が寝静まる時間帯のはずだ。
不審に思って足音の方を見ると、そこには。

「遊星…!?」

彼は、ずぶ濡れでそこに立っていた。
傘も差さずに来たのだろう。全身から水が滴り、足元に水溜まりを作っていた。
反射的にベッドから立ち上がる。
遊星は俺を認識するなり、表情を隠すかのように俯いてしまった。

「お前、何してるんだ!風邪をひくだろう!」

タオルを手に取り、足早に遊星のもとへ。
しかし遊星がぴくりとも動かないので、タオルを広げ、頭に被せてやった。

「ジャック…」

やはり動かない遊星の代わりにその頭を拭いてやれば、ぽつりと俺の名を口にした。
なんだ、と返せばまたジャック、と呼ばれた。何なんだ。
よくわからないが、好きにさせておこうと思った。それより、このままでは本当に風邪をひいてしまう。

「おい、遊星。風呂を貸してやるから入ってこい」

言葉で促しても動かないことはもうわかっていたから、引きずってでも連れていこうと腕をとる、と。

「!」

遊星の腕をとった方とは反対の腕を掴まれて、唇を、塞がれた。

「遊、星?」

「…ジャック」

遊星が顔を上げる。今日初めて見たその瞳は、迷い子のように震えていた。





「ふ、…ぅ、んッ」

ベッドに押し倒され、口内を深く犯される。
いつもは巧みに熱を煽る遊星の舌が、今日は何かの形を確かめるかのように慎重な動きをする。
唇が解放されれば、頬、顎、と丁寧に口付けられるのを感じた。
寝間着の前が肌蹴られて、首筋に唇の感触。ちり、とした痛みを感じたところで。

「――……」

遊星が肩口に顔を埋めて、動かなくなった。
どうしたのか、問い掛けようと思ったが、肌を伝う雫の感触にはっとした。

「遊星…お前、泣いてるのか?」

本当に、どうしたというのか。俺には思い当たる節が無い。

「……ジャック、……すまない」

「え…?」

謝罪されるようなことは、なかったと思う。
ただ、遊星は時折ひどく思い悩んでいるような表情を見せる。こちらを見る視線に、何か別の感情が混じることもある。
しかし彼の心に何が巣食っているのか、俺に知る術はない。
訊いても、遊星は何も言わないだろう。それがわかってるからこそ、傍にいることしか出来ない自分が歯痒い。

(――遊星…俺に出来ることはないのか?)

その問いを声に出す代わりに(きっと求める答えは返ってこないから)。手を伸ばして、湿り気を帯びた髪に触れる。そうして頭を撫でてやれば、遊星が恐る恐る、といった体で顔を上げた。
その瞳には涙の膜が張られており、灯りが映り込んでゆらゆら揺れていた。

「――ッ」

俺の顔を見つめた遊星は、くしゃりと表情を歪めて、また俺の喉元に伏せた。撫でる動作を再開した手の平に、小刻みな震動が伝わってくる。
寒さのせいなのか、それとも別の何かのせいなのか、俺にはわからないけれど。

「ジャック…、…好きだ…」

その震えた声が、哀しいほどいとおしくて。

「好きなんだ……ごめん…ごめん……ッ」

俺は何も答えず、ただ震える青年の髪を撫で続けていた。

(なあ…お前は、何を抱えこんでいるんだ…)

雨はまだ止みそうにない。






------
愛情とか罪悪感とか、いろんな感情に押し潰されそうになってる遊星。

『心の闇〜』(あれ何話だっけ)を見て、遊星の「俺はあいつらにどう償えばいいんだ!」あたりから出来た話なのですが。
…あの場にジャックはいなかったけど、彼なら遊星になんて答えたのでしょうか。




Black

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ