文章Θ

□spring has come
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春だねえと彼が言ったから、
春ですねとボクは返した。




spring has come




ぱらりと、文庫本のページを捲る。昨日買ったばかりの本だ。
なんとなく目について買ってしまったものなのだが、これがなかなか面白い。
半ば夢中になって読み進めていると、ふいに、左肩に重みが掛かった。

「黒子っちぃ…」

「なんですか?」

「眠い、っス…」

「…だから、寝ていいって言ったじゃないですか」

誤解が生じそうなので言うが、断じて、黄瀬君を放っぽって読書に耽っていたわけでは、ない。

今日は黄瀬君の家にお邪魔して、部屋でまったりする、と二人で決めていた(所謂お家デート、だ)。
しかし、部屋に入るなり眠い、と彼が言うので、睡眠をとるよう促して、鞄から本を取り出した。黄瀬君は学業とモデル業の両立で忙しいのだろうし、本当に眠そうだったから。

それなのに。ボクがベッドを背もたれにして座ると、彼も倣うように隣に座りこむものだから、思わず首を傾げてしまったのも仕方のないことだと思う。
眠いんじゃないんですか?と聞いても眠いよ、と返るばかりなので、特に何も言わないでおいたが。
しかしそのせいで、不毛なやりとりばかりしているのも事実だ。

「黒子っちぃ…」

「なんですか?」

我ながら、律儀だと思う。同じ会話になるとわかっていて、同じ言葉を返すなんて。
でも誰にでもこうするわけじゃない。好きだ、と思うからこそ出来る行動だ。

(ねえ、わかってるんですか、黄瀬君)

――キミが思う以上に、ボクはキミを大事に思ってる。


「黒子っちぃ…」

「なんですか?」

「春だねえ」

「…春ですね」

先程までと違う言葉が返ってきて、内心おや、と思った。文章を読み進める動きが止まる。

「だからさ…黒子っち」

「はい」

「一緒に、寝よう?」

(………、)

その言葉で合点がいった。
ベッドに押しやっても、言葉で促しても寝ようとしなかった、その理由。

(かわいいことしてくれるじゃないですか)

栞を挟んで、文庫本をその辺に置く。それから、肩から黄瀬君の頭をそっと放した。その動きも、なるべくゆっくり。彼の眠気を飛ばしてしまうような、無粋な真似はしたくなかった。

「ほら、黄瀬君。ベッドに上がりましょう」

「…うん」

促せば、今度は素直に従ってくれた。
気だるげな動作でベッドに乗り上がり、壁ぎわで丸くなった黄瀬君の隣に、ボクも身を横たえる。
ベッドは二人で寝転がるには狭いので、必然的に密着する形になるのだが、しかしきっとどこで寝ても同じだっただろう。
何故なら。横になった途端、ボクの胸に黄瀬君が擦り寄ってきたから。
背中に腕が回されたのを感じて、それに応えるように、柔らかい髪に指を絡める。そのまま梳く動作を繰り返せば、腕の中で黄瀬君がくふ、と笑った。

「くろこっち…」

いよいよ眠気が本格的になったらしい。溶けそうな喋り方でボクを呼ぶ。
なんですか、と返せば、こちらを見上げてにこりと笑って。

「だいすき」

……その言葉には、きっと『昼寝に付き合ってくれてありがとう』の意味も込められていたのだろう。でなければ、あんな笑顔にはならない。
黄瀬君はすぐに瞼を閉ざして、眠ってしまったようだったけど、今回ばかりは良かったと思う。だってこんなに崩れた顔、人には見せられないから。

「……ボクも、大好きですよ」

口付けをひとつ、こめかみに落として、つられたように重くなった瞼を下ろした。

(では、夢の中で逢いましょう)




end





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