文章Θ

□melt
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人気の無い道を、少年は歩いていた。
街灯の明かりが足元を照らしていて、進むのには困らないけれど、今宵は新月。
月明かりの届かない街は、静けさを際立たせていて。
なんとなく。
少年――エドワードは、歩調を速めた。




そもそも、何故エドワードがこんな夜中に出歩いているかと言うと。…簡単に言えば、夜這い、である。
こちらに着いたのが日も暮れた後だったので、軍部のほうには顔を出していないのだ。
報告書なら夜勤の者に預ければいいのだろうが、提出ついでに恋人の顔を見に来ている…というかむしろそれのほうが重要なので、日を改めて行くことにしていた。

だが、今回は離れていた時間が長かったので、どうしても今すぐ会って顔が見たくなったのだ。
宿にいるアルフォンスからは、『あんまり大佐に失礼なこと行っちゃ駄目だよ?』と、なんとも彼らしい言葉を貰った。不本意だ。
別に言いたくて言っているわけではなくて、どうも人をからかう癖がおありになるらしい大佐殿に応戦するため、つまり売り言葉に買い言葉……、ああ、言っていることに変わりはないのか。
流石は弟、と言うべきか。


あれこれ思い返しているうちに、目的地に辿り着いた。




さほど大きくなく、それでも小さくはない家。それが、エドワードの想い人――ロイ・マスタングの住んでいる所だ。
大佐という地位にいる彼ならば、もっと広い家に住めるのではないか。
以前、そう思って聞いてみたところ、
『確かに住めないことはないが…私は別に小さい家で構わないのだよ。どうせ寝に帰るだけなのだし』
との答えが返ってきた。話によると、この家も彼自身ではなく、彼の部下が選んだものなのだそうだ。
部下に、それは大事にされていること、彼は知っているのだろうか。

とりあえずエドワードは門を開けて入り、ドアノブに手をかけた。どうせ開いていないだろうと思っての行動だったのだが。

「…開いてる」

明かりは点いていなかった。今日は夜勤ではないと聞いている。
とすると。

「寝てんのかよ…無用心だなー」

ロイには敵が多い。本人もそれを知っている。なのに、これではまるで『寝首を掻いてください』と言っているようなものだ。
そして、別の意味でロイを狙う者も少なくない。ただしこちらは本人に全く自覚が無い。もっとも、自覚したところで嬉しくもなんともないだろうが。
だから、エドワードはロイが“殺される”ことよりも“襲われる”ことのほうが心配だったりするのだ。
ロイは殺気や敵意には敏感だから。簡単に殺されたりしない。
それでも、心配なことに変わりは無いが。

「ったく…本当に襲われちまったらどうすんだよ…」

エドワードはそっとドアを開けて、勝手知ったる家の中に入った。




何かが動く気配を感じてリビングの明かりを点けてみると、探していた人物はいとも簡単に見つかった。

「うわ…酒臭ぇ…」

エドワードは溜息を吐いて、脱いだコートを近くにあったソファにかけた。
絨毯の上には、目的の人物とワインの瓶が二本、転がっている。
この種のワインはアルコール度数は低めだが、二本とも中身が入っていないところを見ると、転がっている男が相当酔っているだろうことがわかる。そうでなくても、もともと酒に強いほうではないのだから。

「ん……はがね、の?」

今のエドワードの声で目が覚めたのか、潤んだ黒曜石がエドワードを見上げた。焦点は合っていないが。

「よ、大佐。来てやったぜ」

かがんで抱き起こしてやると、嬉しそうに微笑った。
…可愛いなんて思ってしまった。重症だ。

「どうしたんだよ、こんなに飲んで…」

ぎゅっと抱きしめると、エドワードの背にもおずおずと腕が回された。
常には無い素直さに、心臓が早鐘を打った。

ひくっ。

腕の中から嗚咽のようなものが聞こえたので、慌ててロイの顔を覗き込むと。
案の定、ぽろぽろと大粒の涙が零れていた。

「た、大佐…っ?」

「おまえが、会いに来てくれないから…」

「え…」

「電話も手紙も寄越さないし!心配したんだからなっ…!」

ロイの白い手が、離さないとでもいうように強くエドワードの服を握っているから。
それに応えるように、抱きしめる力を強めた。

「ゴメン、大佐」

「ばかエドワード…!本当に、寂しかったんだからなぁ…っ!」

「うん、ゴメンな…」

エドワードが顔中にキスの雨を降らせると、ロイは安心したように目を閉じた。

「大好きだよ、ロイ」

「…私も、だ…」

二人でくすりと笑って、唇を重ねた。
ロイの唇は微かにワインの味がしたけれど、それすら愛しさを煽る材料となって。
何度も何度もキスをした。





ベッドの中、眠るロイの横で、エドワードは愛しい人の寝顔を見つめていた。

今回行ったのは辺境の地で、電話の無い街だった。
が、手紙くらいは書いてもよかったかもしれない。
今度からは、どんなに慌ただしくても連絡くらいはしよう、と心に誓ったエドワードだった。



END




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