文章♯

□mythologia
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※パラレル/似非ファンタジー






其れは、契約。
大いなる力を行使する為の、約束の儀式。

彼の存在は、架け橋。
古の時代より存する、聖なる結晶。

人は彼の者を、風と大樹の化身、碧の精霊と呼ぶ――。



- mythologia -




トウヤには力が必要だった。
喘ぐ国を、苦しむ民を救うために、人を越える力を欲した。
王である父親が崩御して、まだ幼かった彼の代わりに、叔父が王を継いだ。母親はトウヤを産み落として亡くなっていた。
叔父は徐々に私欲を顕にしていった。国は叔父の欲求のままに使われ、疲弊していく。
そして、お抱えの魔術師が預言したのは――世界の崩壊。叔父は“総て”を手に入れ、今存在する世界を壊すだろう、と。
斯くて、叔父は圧政を敷き、諸外国を制圧、遂には最後の鍵に手を伸ばしていた。即ち――精霊の存在。
神の世と人の世を繋ぐとされる、聖なる存在。この国に息づくのは、双子の妖精が仕えし、碧の精霊。風と大樹の化身。叔父はその力を利用して、神の座に至ろうというのだ。

――止めなければならない。俺はこの国が好きだ。民が好きだ。城の皆が好きだ。この世界が好きなんだ。

叔父を止められるのは、今やトウヤだけだ。企みを知った魔術師も、戦士も、全て捕らえられた。
叔父が気付かぬうちに城を抜け出し、馬を駆る。目指すは聖域『結晶の森』。碧の精霊は、そこに在るとされている。





光を受けて七色に輝く水晶。透き通る木の葉が揺らめいて、しゃらしゃらと唄う。幻想的な光景に、トウヤはそっと息を吐く。
森に足を踏み入れると、不意に声が響いた。

『我らが森を尋ねるのは誰?』

『我らが主と相見えようとするのは…貴方?』

トウヤの目の前に、ふわりと舞い降りた双りの女性。いや、彼女たちは、人ならざる者。

「双子の妖精、さん?」

『如何にも』

『我らはこの森を守護する者』

『我らが主を守護する者』

『人の子よ、用件は何ぞや』

その圧倒的な二つの視線にやや気圧される。しかし、ここで怯んでいるわけにはいかないのだ。

「俺の国を救うために、碧の精霊に力を借りたい」

過剰な搾取で土地は痩せた。過剰な戦で空は褪せた。過剰な圧力で民は笑顔を忘れた。
それらを全て元通りにするなら、最早精霊の力を借りるしかない。

「国に、人に、世界に! 光を取り戻したい…!」

トウヤは力の限り叫んだ。心からの祈りだった。トウヤに縋って泣いた老婆の涙、無機質に見上げる少年の虚ろな瞳。人々の声を重ね合わせて。

「――キミの“声”、確かに聞き届けた」

透き通った声が耳を震わせて、トウヤは思わず目を見張った。森の奥から姿を現したのは、現実離れした美しさの青年。呼吸を忘れるほどの存在感、それでいてひどく儚い印象を与える、不思議な色彩だった。

『Nさま』

『Nさま』

妖精たちがすっと後ろに下がって、青年を通した。

「あんたが、…いや、あなたがこの森の精霊か」

「そう、ボクが碧の精霊と呼ばれる存在だ。――人の子よ、求めるものに偽りは無いか。その瞳に、心に偽りは無いか」

「ああ。俺はあなたの力をもって、叔父の企みを阻止する。そして、世界に笑顔を戻すんだ。それ以上は望まない」

「――」

瞬間、その白いかんばせに、ひどく人間味を帯びた笑顔が広がった。

「いい瞳だね。ボクはキミのような者を待っていた。いくら世界を浄化したくとも、精霊は人を介さなければ世界に干渉できない。これは神と人の間の存在だからだろうね。そもそも神はまったく干渉できない」

「! それなら叔父のしてきたことは…」

「はっきり言うなら、まったくの無駄だ。憐れな男。それでも、風を穢した罪は贖わなければならない」

精霊が、すっと手を差し伸べる。

「人の子よ。ボクと契約を交わすなら、もうキミは穏やかな生を望めない。人としての幸せを望めない。その覚悟があるかい?」

「『風と大樹の名のもとに』」

それは、俺の国の誓いの言葉だ。彼の存在に誓うという意味をもつ。これより強い誓いは、他に無い。

「うん。…では、誓いの証を」

頬が、やわらかな手のひらに包まれる。不思議なことに、冷たくも温かくもない。だというのに、ひどく心地がいい。

「其の身に、我が力を貸さん――」

重なった唇に、身体の奥で熱が弾ける感覚を知った…。





「そろそろ、来ていただける頃だと思っていましたよ」

礼拝堂に舞い降りた、翡翠の鳥と二羽の蝶。それらは人の姿を成し、祭壇に降り立った。

『神の座を求める者よ』

『世界を求める者よ』

『その身は何を求める』

『その心は何を求める』

「今存在する世界を壊してまで、汝は何を求める?」

男の顔に、歪な笑みが広がる。

「全てです!」

両腕を広げて、歌うように男は語り始める。

「国、人、土地、緑、動物、空、海、果実、宝石、知識、妖精、精霊、世界! 私は全てが欲しい、全てを支配下に置きたいのです! 全てを愛で、全てをしゃぶり尽くしたい! その為に、私は全能の力が欲しいのです!」

精霊は静かな瞳で、男を見据える。

「汝が望むのは、破滅ではないのか」

「とんでもない! 私は全ての命が愛しいのです。…しかし、“この世界”では私が全てを愛でることは出来ない。ですから考えたのです。そのように作り替えてしまえば良いのだと!」

「………」

「貴方さまのことは、その為の力としてしか捉えておりませんでしたが…いや、反省しております。貴方さまは実に美しい! 嗚呼、嗚呼! どんな人間も、どんな宝石も及ばないその煌めき! どんな顔で笑うのか、どんな顔で泣くのか、どんな顔で悦ぶのか! 嗚呼、実に素晴らしい!」

欲に濁った瞳には、既に正しい知覚があるのかさえ疑わしい。まるで幸福の絶頂に至っているかのように、男は言葉を続ける。

「どうでしょう、碧の精霊さま。私と共に、新しい世界を創りませんか。神に成って、そこで人々を愛で暮らしましょう。私の一番の愛を、貴方さまに捧げても良い」

男が一歩、祭壇に歩み寄ったところで、不意に入り口の扉が開いた。

「あんた、イカれてるよ」

響く足音、近づいてくる少年の姿に、男は笑み崩れた。

「おお、トウヤじゃないか! どこに行っていたんだい? 可愛い甥の顔が見えないものだから、心配していたんだよ」

「…気持ち悪」

涎を垂らさんばかりの顔に、トウヤは舌打ちをもらす。そんな様子も意に介さず、男は笑みを絶やさない。

「あんたのその欲のために、民がどれだけ苦しんだと思う? 自然がどれだけ壊されたと思ってる?」

「それには私も心を痛めたよ。しかし仕方がないことなんだ。今は過渡期だが、新しい世界になれば、きっと皆が幸せになれるはずだ。そう、世界は愛で満たされるのだから!」

「…ほんっと、終わってるよ、あんた」

失笑をこぼして、反対側にいる精霊を見る。澄んだ瞳に、陰りはない。心のままでいいのだと、教えてくれる。

「その世界で幸せになれるのはあんただけだ。誰もあんたの“愛”なんか欲しがらない。そんなのは愛なんかじゃない」

しかしトウヤは知っていた。この男には、既に何を言っても無駄だろうと。
笑い続ける男は、もう自分の妄想しか見えていない。

「N、」

呼びかけた声に、頷きが返る。

「――汝の願い、聞き届けた」

「そ、それでは!」

「その身、神の世へと導かん。我が風に全てを委ねよ」

「嗚呼、嗚呼! 有り難き幸せ…!」

うっとりと目を閉じた男の身体は、激しく光り、そして消え去った。
眩しさに眩んでいたトウヤが視界を取り戻したときには、まるで男が存在していなかったかのような静寂がそこに在った。

「…どうなった、の?」

「彼は、神に…死神に堕ちたよ。死した魂を見送るだけの、ね。勿論何にも手出しは出来ないし、生きる世界を見ることすら許されない。彼には相応しい罰だろう」

「そっか…」

終わったんだな、とトウヤが無意識に呟くと、精霊がまだだよ、と微笑む。

「まだだ、トウヤ。最後の大仕事が残ってる。キミは『裁きの霊峰』を登らなければならない。その頂で、ボクが力を解放する。そうしてやっと、世界は光を取り戻すんだ」

桃と紫の蝶の姿になった双子が、元気づけるように周りを舞う。それに笑みを浮かべて、トウヤは大きく息を吸った。

「よっし! 行こう!」



――斯くして、世界に夜明けが訪れる。世に放たれた光を受けて、人々は久方ぶりの笑顔を浮かべた。
後の世に、少年は“精霊に愛されし御子”と語り継がれることとなる――。





- END -




※mythologia(ミュートロギア)はラテン語で、神話の意。


↓あとがきで雰囲気ぶっ壊れるよ!↓

…えー。中二設定ですいません。オリキャラ(狂気のおっさん)でばってすいません。センスなくて(主にネーミング)すいません。誰得?俺得。何だかんだでこの設定は気に入ってたり(笑)
精霊なNさんまじふつくしい…!っていうお花畑脳内から出来ました。人外受けって萌えるよね。萌えるよね…!
双子の妖精は女神たちだったりします。何気に好き。
お付き合いくださって感謝いたします!



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