文章♯

□ひとりぼっちの星空
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※ED直後。




ダオスを倒し、僕達の時代に戻ってきて。
村の復興をして、アーチェに会いに行こうなどと話しているあいだ、随分静かだな、と思ってしまった。
荒れ果てたままの村の惨状がそれに拍車をかけたのかもしれないが、あまりにも、彼らと旅をするのに慣れすぎていた。

ここにいるのは、僕とミントとチェスターの3人だけ。
生まれた時代が違う僕らが離別を迎えるのは必然だったけれど、それでも胸に去来するのは確かな痛みだった。

「クレスさん」

優しい声に呼びかけられて、はっとする。

「ごめん、ぼうっとしてた。…なに?」

ミントはそれに答えず、ふわりと笑んでみせた。
わかっていると、言っているように。

「とりあえず、今日はテントを張ろうぜ」

「そうだね。しっかり休んで、明日から復興を始めよう」

瓦礫の撤去すらされていない状態で、倒壊した家屋に入るのは危険だ。
その点、僕らにとって野宿は珍しいことでもなかったから、テントで一晩過ごすのに何も問題はない。

「では、私はお水を汲んできますね」

「ああ、頼むよ」

早めに休む理由の大半は、ダオスとの死闘による疲労だった。怪我はミントの法術が癒したけれど、休息が必要なのは明らかだ。
けれど、誰も口には出さない。



パチパチと、火のはぜる音が響く。
魔物避けの焚き火を前に、僕とチェスターは並んで座っていた。
ミントは一足先にテントへ入っていった。戦闘中は絶えず法術を唱え続けていたから、やはり負担は大きかったのだろう。

並んだ二つのテント。男性と女性、最終的には三人ずつで使っていた。
ミントはもう眠ってしまっただろうか。一人きりの空間に何を思っただろう。
男性用を使う人数は、一人減っただけ。けれど、たぶんとても広く感じてしまうのだろう。

「…なあ、おまえさ、」

「なんだい?」

「その…」

チェスターは何事か言おうと口の開閉を繰り返したあと、やっぱいい、と小さく笑った。

「なんだよそれ、おまえらしくもない」

僕も薄く笑って返すと、親友は目を細めた。
その表情は、昼間に見たミントの儚い笑顔とよく似ていた。

「…ああ、そうかもな。でもいいんだ、俺がどうこう言うことじゃないし」

そう言って立ち上がったチェスターは、大きく伸びをした。

「そろそろ寝るわ。クレス、キツかったら早めに代わるからな」

寝ずの番は、男二人が交代ですることにした。
この辺りは比較的魔物もおとなしいから番もいらないかとも思ったけれど、万が一がないとも限らないし、野盗が出るかもわからない。用心に越したことはない。

「ありがとう、チェスター。おやすみ」

「おやすみ」

チェスターの背中を見送って、僕は息を吐く。

二人が言いたいことはわかっている。言わない理由も。
チェスターもミントも優しいから、僕が自分から言い出すまで口にしないつもりなんだろう。
……僕が愛した人のことを。

「クラースさん…」

ぽつり、名前を呟くと、思いの外声が響いた。

長い旅の中で、僕はクラースさんに惹かれて、恋に落ちた。
両思いだとわかったときは、嬉しくて涙が出そうになった。
別れが来るのはわかっていたけれど、それでも傍にいたくて。
僕らは思いを重ね合わせて、恋仲になった。

『クレス』

何度も僕を呼んでくれた、落ち着いた声。
旅の最中は僕達を導いて、見守ってくれていた。
大好きなお酒を飲んで酔っ払って、次の日二日酔いでふらふらしていたりしたこともあったけれど、そんな情けない姿だって愛しかった。

見上げた先には、満点の星空。
そう言えば、いつだったかクラースさんと二人で星を眺めたことがあった。

『クレス、知っているか。私達が見ている星というのは、実際は気が遠くなるほど遠くにあって、光が届くのに数千年、数万年の時がかかるんだそうだ』

『数万年ですか? 途方もないですね…』

『だから、こうして見ているあの星も、今はもう無いかもしれない。そう思うと、とても不思議だろう?』

そう語るクラースさんの横顔を、僕は眩しい気持ちで見つめていた。
その手をぎゅっと握りしめたら、こっちを見たクラースさんは目を丸くしていたけど、やがてふっと笑ってくれた。

『…お前達に会えて、旅が出来て良かったよ。そうでなければ、こうして星を見上げるなんてことも、無かっただろうからな』

『…クラースさん』

なんだか星みたいだと思った。
最後に言葉を交わしてから一日も経っていないのに、彼はもうこの世にいないなんて。

真っ先にしたいことが、本当はあった。
過去に帰ったクラースさんの、足取りを知ること。
けれどそれは、彼の死と直面することに他ならない。

もちろん、生きる時代が違うのは重々承知で、こうなることはわかっていたけれど――気持ちがそれに追いつかない。
だから『クラースさんの墓参り』だなんて、冗談でだって言えなかった。

だってこの胸の思いは、今なお鮮やかに生き続けているのに。

「クラースさん。クラースさん…っ」

今だけはどうか、弱い僕を許してください。
小さな嗚咽は、星空に消えていった。



END




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