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□電気ねずみのジレンマ
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洞窟の中は、青白い光で仄かに明るい。
隣を歩くNの瞳にも光が映りこんで、不思議な色合いになっていた。
ここは電気石の洞穴。
研究員や博士、ポケモンを探すトレーナーならともかく、恋人同士がデートに選ぶ場所じゃないと思う。
…思うのだが、他ならぬ俺の恋人がここを大層気に入ってるものだから、仕方がない。
そう、仕方がないんだ、けど。
「そもそも電気と言うのは……」
せっかくのデートだというのに、その口が紡ぐのは俺への気持ちではなく、小難しい知識だ。
もっとも、そう言って連れ出したわけではなかったから、疎いNがこれをデートだと思ってない可能性は大なのだが。
「……ダイナモ理論というものがあってね、地磁気の……」
Nの声を聞いているのは好きだが、言っていることは耳慣れない言葉ばかりでよくわからないというのが本音だ。
「……電荷の……が……相互作用で………電気エネルギーは……」
青白い光に照らされて、輪をかけて儚く見える横顔。
それでもそこに浮かんでいるのは子どものように無邪気な笑顔で、微笑ましいような不思議な気分になる。
「…トウヤ、聞いてるかい?」
そうして話を聞き流していたら、Nがむっとした顔で覗きこんできた。
「聞いてたけど、俺にはさっぱりわかんないよ」
正直に言うと、Nは不満そうにしながらも食い下がっては来なかった。
自分の語る知識が大抵の人には難しいのだと、自覚はあるらしい。(いや、最近自覚しだした、というのが正しいのか)
「それよりさ、ちょっと休憩しない?」
「…そうだね」
ちょうど二人で座れそうな岩があったので、並んで腰かける。
バチュルが目の前を横切っていくのを見るともなしに眺めていると、ぽつりと声が落とされた。
「あのさ、ボクの話、やっぱりつまらない?」
「え?」
思わずNを見ると、申し訳なさそうな表情になっていた。
「気にしてるの?」
「だって、ボクといてトウヤが退屈に思っているんだったら、…」
そこまで言って黙りこんでしまったNの横顔を見ながら、俺はふむ、と考える。
Nが電気に夢中で、内心おもしろくないと思っていたのは事実だけど、それは退屈だったからじゃない。と言うか、Nといて退屈だと思ったことはない。
さて、どう伝えようかな。
「…嫌いじゃないよ」
俺はわざとずれた回答をした。
案の定、Nは頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「どういうこと?」
唇が弧を描くのを止められない。
きっとNは予想通りの反応をしてくれるはずだから。
「Nのする難しい話、内容はわからないけどさ。楽しそうな表情とか、うたってるみたいな声とか、俺は好きだよってこと」
まあつまらないかつまらなくないかで言ったら、少なくともつまらなくはないんじゃないの?
言い終える頃には、Nの顔は真っ赤になっていた。
「な、んか、ボクの求めた答えと違う気が、」
「そう? 俺の偽らざる本音だけど」
とどめを刺すと、うう、と唸ってうつむいてしまう。
さっきのとは別のバチュルがNの足元で不思議そうに鳴いているが、それに応える余裕は無いらしい。
――これで、Nの思考は俺のことばかりになったはず。
こっそりほくそ笑んで、Nの肩に少しだけもたれかかってみた。
END
Nに難しい話をしてほしかったのと、トウヤに小さなやきもちを焼かせたかった話。
電気ねずみさんには『せいでんき』がありますが、仲間同士でくっつく分には発動しないはず。
つまり、ジレンマは発生しない=『俺があんたと一緒にいることに何の問題もないよ』ってことで。
……うちの主Nは砂糖入れすぎな感じですね…(笑)
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