文章♯
□幸福の象徴
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Nの膝で、イーブイが丸くなって眠っている。
その気持ち良さそうな様を見ながら、トウヤは気になっていたことを聞いてみることにした。
「そう言えば、一年前と仲間が違うけど。どんな旅だったの?」
一年前とは、Nの城で別れたときを指す。
トウヤが知っていた顔はレシラムとゾロアーク、アーケオスの三匹で、ホウエンで出会ったというジラーチはもちろん、このイーブイと残りの一匹、ハクリューとは初対面だった。
彼らとどんな風に出会ったのか、聞いてみたいと思った。
「いいけど、長くなるよ?」
「平気」
「じゃあ……あの時のポケモンは、レシラムとゾロアーク以外、ゲーチスが『最終決戦にはこのポケモンが相応しいでしょう』って言って連れてきた子たちだったんだ。アーケオスはボクと行きたいって言ってくれたけど、他のみんなは故郷に帰りたいって望んでたから、まずは彼らを送ることから始めたんだ」
Nによれば、草むらで飛び出してくる大抵のポケモンたちは、人間に興味があったり、戦おうと思っていたりするから姿を現すらしい。
しかしゲーチスの連れてきた彼らはそうではなく、巣にいるところを狙われ、捕まえられたのだとか。
「そうだったのか…」
「うん。でもね、みんな『また会おうね』って言ってくれた。嬉しかったなあ。きっと人間のことキライになっただろうって思ってたから」
そのときのことを思い出したのだろう、Nの瞳がやわらかく細まる。
「みんなを送り届けたら、ジョウトに飛んだ。異国情緒って言うのかな、すごく風情のあるところでね。スズの塔、アサギの灯台、怒りの湖、アルフの遺跡。いろいろ観る場所も多くて興味深かったな」
ジョウトは昔ながらの街並みを大事にしている地方で、かの地は名所が多いことで有名である。古い建造物が多く遺されているからだ。
「それでね、竜の穴っていう場所があるんだけど、ハクリューとはそこで会ったんだ。…まあ、入れてもらえなかったから周りを散歩してたんだけどさ、いつの間にかついてきててね。町の人にずいぶん驚かれたよ」
「そりゃ、野生のハクリューがついてってたら驚くだろうよ」
「それもあるけどね、その街はドラゴンポケモンをすごく大事にしてるらしいんだ。だからちょっとした騒ぎになっちゃって」
「なるほど…」
Nは楽しげに笑った。
「そのあとカントーに行って、ジョウトとカントーで、合わせて半年くらいかな? その次はホウエンに行った。そこでジラーチに会ったってことは言ったよね?」
「うん」
「降り立ったのが不思議な山の頂上だったんだけど、そこの祭壇みたいなところで眠ってたんだ」
「確かジラーチって、千年に一度七日間だけ目覚めて、願いを叶えてまた眠るって言われてるよな?」
「うん。ボクは願ったよ。『キミとトモダチになって、一緒に旅がしたい』って」
それでトウヤは納得がいった。言い伝えの通りなら、ジラーチはまた眠りに就いているはずだったから。
…なんとなく、幼いころに読んだ『ランプの精』のお伽噺を思い出した。
「そうそう、すごいんだよ。小さな街に温泉があるんだけど、そこはポケモンと一緒に入れるんだ。ゾロアークが気に入っちゃって、一週間も滞在しちゃったよ」
でもそういう人が多いんだって、という言葉に、その温泉の人気が窺える。
「レシラムが羨ましがってね。何しろ体が大きいから入れないんだよね。掛け湯で我慢してもらったけど」
その掛け湯も、他のポケモンたちが手伝ってやっとだったらしい。
「そうだよなあ、人間じゃ頭の方とか届かないし」
「そうなんだよ。みんながいてくれて本当に良かった」
神妙に頷く様子に、トウヤは少し笑ってしまった。
「それで、最後はシンオウに行ったんだ。流石に北の地方だけあるよね。とっても寒かった」
でも地元の人は平気な顔しててさ、ノースリーブの人もいたんだよ。信じられない!
寒さを思い出したのか、Nがぶるりと身を震わせた。
「あの地方にはポフィンってポケモン用のお菓子があってね。あれって人間も食べられるから、人気があるんだって」
味もいくつか種類があって、作り方次第で微妙な調節も出来るらしい。
ポケモンたちはともかく、Nはだいたい何でも食べるから不要だろう、とトウヤは密かに思った。
「で、だいたい回りきったかなってときに、森の中でタマゴを見つけたんだ。そこに棲んでるポケモンのかなって思ったけど、どの子に聞いても知らないって言うし」
岩陰にぽつんと置かれているタマゴ。それを見てNがどう思ったかは想像に難くない。
「なんか放っとけなくて、拾って孵すことにしたんだ。常に抱えて歩いて、一緒に寝て。ゾロアークたちも交代で温めたり、声をかけたりしてくれてね」
Nたちの愛情を一身に受けたタマゴは、程なくして孵り。
「生まれたのが、このイーブイなんだよ」
Nはそっと、茶色の毛並みを一撫でした。
彼のポケモンの中でもイーブイのなつき具合は群を抜いているが、それもNを親のように思っているのなら、納得のいくところだ。
「…いろんな場所を回ったけど、どこでも人と暮らすポケモンは幸せそうだった。みんなお互いを大事にしててさ。そうじゃなきゃ、一緒に食べられるお菓子なんて作らないよね」
「旅をして、良かったと思う?」
「うん、かけがえのない時間を過ごせたと思うよ」
Nの唇に、満足げな笑みが浮かんだ。
「…はーっ、たくさん喋ったら喉が渇いたなぁ」
「ん、確か冷蔵庫に麦茶が…」
Nに冷たい麦茶を差し出してやりながら、思う。
彼が旅した一年間。きっと他にも語りきれないほどの出来事があったのだろう。
それこそ話し疲れて喉が渇くほど、たくさんのことを体験してきたことを嬉しく思う。
「トウヤ、ありがとう」
「え?」
「こうやって旅をして、世界を知ることが出来たのは、あの日キミがボクを止めてくれたからだ」
――貴方が、Nさまの夢を終わらせた。
不意に耳の奥で、七賢人の言葉が蘇った。
そうだ、本当は心の隅にずっと引っ掛かっていた。
「N……俺はあんたを、傷つけたんじゃないの?」
唾液を飲み込む音が、やけに響いた気がした。
返事を待つ時間がとても長く感じて――やがて、Nが静かに唇を開いた。
「…確かに、ボクの長年の夢は潰えた」
長いまつげが伏せられ、微かに揺れた。
「けれど、その夢は実現するべきものじゃなかったんだ」
「N…」
「無知とは恐ろしい。ボクは何も知らなかった。人間とポケモンがどんな風に共存しているのか。ポケモンがどうして人間と一緒にいるのか。……ゲーチスが、どうやってポケモンを連れてきていたのか」
ポケモンにとって良い世界をと願い、率いていたプラズマ団。
その集団が実はポケモンを虐げていたという真実は、彼の心にどれほど重くのし掛かったことだろう。
「知らなかったで済むことじゃない。旅の途中もたくさん悔いたよ。でも、それでも前を向いて生きていこうって、笑おうって思ったのは、キミがいるから」
Nは大きく息を吐いて、トウヤをまっすぐに見つめた。
「大事なことを、キミが教えてくれたんだよ、トウヤ」
微笑むNの瞳。虚ろだったそのブルーグリーンには、光が灯っている。生まれたばかりの、まだおぼろげな光。
それをNに与えられたのだと思うと、胸のあたりがじんわりと熱くなる。
「――ありがとう」
夕陽が差し込む中。イーブイが目を覚まして大きく伸びをした。
Nに向かって一声鳴く、それに応える手のひらは、彼の心をそのまま映していた。
END
実はもっと色々逸話を入れたかったんだけど、あんまり本筋から逸れるのもなあ…と思い削りました。それでもだいぶ長ったらしいけどね。
うちのNの手持ちと、ポケモンたちとの別れと出逢い、それから瞳の変化を書きたかったのです。
俺得だけどポケモンを描写するの楽しい(^^*)
Black