文章♯

□Memory
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懐かしい曲だと思った。
歩みを止めてその音源を探したのはほとんど無意識で、気がつけばヒューバートは小さな露店の前にいた。

「いらっしゃい」

装飾品を主に扱っているようだが、中にはアンティークの小物もちらほら見受けられる。
店主はどこか独特の雰囲気を纏った妙齢の女性だ。

「何かお探し?」

「あの、今の音は…」

「…ああ、これのことかい?」

その言葉と共に差し出されたのは古びたオルゴール。
蓋を開ければ、先程耳を掠めたのと同じ音が流れ出した。

(やっぱり、懐かしい)

特別いい思い出が、この曲にあるわけではない。
けれど、どこか落ち着くのも確かで。

少々の感傷と共に蓋を閉じると、その背中に声がかかった。

「ヒューバート。どうした、こんなところで」

「! マリク教官」

マリクはヒューバートの手元を覗きこみ、おや、という顔をした。

「オルゴールか。珍しい、な」

にやり、と笑った顔に『珍しい』の意味を正しく理解して、ヒューバートはむっと顔を逸らした。

「…いけませんか」

「いや、悪くはないが。お前はあまり、こういうものに興味がないのだと思っていたからな」

それはその通りだ。
ヒューバートは、芸術と呼ばれるものの類にあまり興味がない。
もちろん触れる機会は多々あったが、琴線に触れるまでには至らなかった。

両手に収まる、装飾の施された小さな箱。開けば、独特の優しい音色を奏でる。

「…養父が、この曲をよく聴いていたんです」

例えば、机に向かっているとき。あるいは本を読んでいるとき。
養父の部屋から、たびたび聞こえる音があった。

「彼は音楽が好きで……この曲は特に好んでいたようです」

ヒューバートには、音楽の造詣は理解出来ない。
けれども、その落ち着いた旋律は嫌いではなかった。

「どうしてでしょうね。この曲を気に入ったとか、そういうわけではないのですが、無性に懐かしくて」

店主に返そうとしたオルゴールが、ふっと宙に浮く。

「このオルゴール、いただこう。いくらだ?」

「…え? ちょ、教官?」

二人のやりとりを面白そうに見ていた女店主が値段を提示し、マリクは懐から財布を取り出してガルドを支払う。
ヒューバートが唖然としている間に、そのやりとりも終わってしまった。

「ほら」

ぽん、と手のひらに重みが戻ってきて、ヒューバートははっとする。

「い、いただけませんよ、こんな…」

「なんだ、お前がもらってくれないと、無駄になってしまうのだがな?」

「う…」

そう言われてしまうと弱い。
しかし、腑に落ちないのだ。

「だいたい、今日はぼくの誕生日でも何でもありませんよ?」

「それは知っている。しかしな、」

頭を撫でる優しい感触。
マリクの、大きな手のひら。

「オレが愛しく思っているやつに贈り物をするのに、理由なんて必要ないのさ」

かああっ、と頬が急速に熱を帯びていく。
いつもなら「こんな往来で」とか「べつに欲しいなんて言ってない」とか、いくらでも文句を思いつくのに。
不意打ちの愛情表現に、言葉も出ない。

「ほら行くぞ、ヒューバート」

恥ずかしくて、差し出された手なんか取れやしない。
それすらも『わかってる』みたいな顔で笑うのだ。

「まいどあり」

すべてを見透かすような不思議な瞳で、店主が微笑んだ。





END





教官ったらキザだねー^^
思ってたより女店主(オリキャラ)が出ばってしまって申し訳ない。
容姿とか考えてたんだけど、そこまで書いてどうすんだ…つーか誰得。ということで自重しますた(笑)
ヒューバートの台詞書くのが楽しくてしょうがないです。



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