文章♯

□生憎さよならがきこえなかったので
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※『沈む月の上で』の続き。アリエッタ視点。







『すきだよ』

震えた声とまっすぐな瞳が、頭から離れない。





生憎さよならがきこえなかったので





あの日以来、アニスはわたしを避けるようになった。もともと就いている役職も別々だから、避けようと思えば難しいことではなかった。
彼女は、後悔してるのだろうか。(何に? 告白したことに? わたしをすきになったこと、に?)

アニスと言葉を交わせないのは、寂しい。でも、アニスがわたしに求める『すき』と、わたしが持ってる『すき』は、同じなのかわからない。



あの日。アニスの告白を受けて、何もいえなかったわたしを見て、アニスは泣きそうな顔で笑って『ごめん』と一言。そしてかたくなだった手を放して走り去った。
あのときに、アニスを引き留めていればよかったのだろうか。でも、わたしには答えが用意出来ていないから、きっと余計に傷つけることになったと思う。

アニス。アニス。どうしてわたしを『すき』になったの…?



ぼんやりしていたら誰かにぶつかってしまった。尻餅をついたわたしに見覚えのある手が差し出される。

「アリエッタ。大丈夫?」

「…リグレット」

リグレットの手をとって、立ち上がる。わたしを見つめるその瞳は優しい。

「ごめんなさい」

「いや、私も悪かった。…どうした? 何か考えこんでいたようだが」

「……」

六神将という立場の他に、兵士達の教官も務めるリグレットは面倒見がいい。
この話を人にするのは抵抗がなくもないが、リグレットなら口も堅いし大丈夫だろうと思った。

「…きいてくれる?」




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教会内にあるリグレットの自室に通され、アニスとのことを話した。リグレットは時々相槌を打ちながら、黙って聞いてくれた。

「つまり、好意を返せる自信はないが、彼女を失いたくもない、と」

「…うん」

「難しい話だな」

リグレットが腕組みをする。私は喉が乾いて、リグレットが煎れてくれた紅茶を口にした。
…優しい味の、ミルクティー。

「アリエッタ。その『アニス』と、きちんとした話はしてないんだな?」

「うん…」

「ならば尚更、一回話をしてみるべきだな」

「え?」

「アリエッタが考えていることを、ちゃんと相手に伝えるんだ」

本当はもう、答えが出ているんだろう?

リグレットがわたしをまっすぐに見つめる。そう、リグレットに話しているうちに、わたしの心のなかも整理が出来てきて、アニスに言うべき言葉も見つかっていた。それが正解かどうかは、わからないけど。

「でも、アニスは…」

わたしを避けている。話を聞いてくれないかもしれない。そう言おうとしたら。

「大丈夫」

相手がまだアリエッタを好きなら、聞いてくれるはず。

そう言って、リグレットは優しく微笑んだ。




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リグレットの部屋をあとにして、長い廊下を歩いていくと、タイミングのいいことに、アニスが向こうから歩いてくるところだった。
しかしアニスはこちらに気付くと、くるりと踵を返して走り去ろうとした。

「まって、アニス!」

思わず叫ぶと、アニスの動きがぴたりと止まった。走り寄っても、その背中はこちらを向かない。

「アニス…」

「…どうして」

「え?」

「どうして声なんか掛けるの」

拒絶の言葉は震えている。やっぱり後悔しているの?

「…アリエッタのこと、きらいになった?」

「……違うよ」

そこで初めて、アニスがこちらを向いた。あの別れ際と同じ、泣き出しそうな笑顔。

「…こんな風に声を掛けられたら、諦められなくなっちゃうから」

こまるよ、と。まるで独り言のような儚さで呟く。
――アニスは誤解してる。わたしは、アニスの好意を否定したわけではないのに。

「…アニス。聞いてほしいの」

幼い肩がぴくりと揺れる。
いつもはあんなに明るくてしたたかなアニスが。今はこんなに小さく見える。

「アリエッタ、アニスがすき。でも、それはアニスの言う『すき』と同じなのか、アリエッタにはわからないの。だから」

きゅ、と手のひらを握り締める。これが、わたしの用意した、こたえ。

「アニスが、おしえて」

琥珀の瞳が見開かれて、わたしを映す。見つめあったのはものの数秒だったはずなのに、妙に長く感じた。そして、

「…アリエッタ」

強く抱きしめられた体。胸に感じるもうひとつの鼓動。アニス。

「すき。すきだよアリエッタ」

「うん…」

「すき……」

耳元で何度も囁かれる言葉に、胸が熱くなっていく。


――ねえ、アニス。今感じるこの暖かさは、なんて名前なのかな…?



end



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タイトル提供元:joy


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