文章♯

□お菓子より甘い
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「Trick or Treat!!」

ジェイドが彼にあてがわれた部屋で筆を走らせていると、ばんっという音と共に扉が開かれ、くりぬかれたかぼちゃを持ったおばけ達が乱入してきた。

「た〜いさ、お菓子ください!Trick or Treat!!」

ミニスカートの魔女はアニス。
おそらく発案者は彼女だろう。

「くださらないなら悪戯ですわよ!Trick or Treat!!」

黒マントを羽織ったヴァンパイアはナタリア。
王宮にこのような行事は無いのだろう、とても嬉しそうな顔をしている。

「お仕事の邪魔してすみません、大佐っ。Trick or Treat...」

妙に恥ずかしげなミイラ男はティア。
申し訳なさそうにしているが、彼女も案外楽しんでいるようだ。

「お菓子、持ってるよな?Trick or Treat!!」

そして耳と尻尾付きの狼男がルーク。
犬のようで可愛らしい、というのは……本人には黙っておくべきだろう。

今日はハロウィンだ。

この際ドアの開け方については何も言わないことにした。何日も前から、今日を楽しみにしていたことを知っているから。

「はいはい、ちょっと待ってくださいね〜」

机の上に無造作に置かれていた紙袋を手に取り、ジェイドは子供達のもとへ向かう。
その間も、彼らの期待に満ちた視線はついてきた。

「はい、どうぞ」

ジェイドが袋から取り出したのはロリポップ。うずまき模様が可愛らしい、アレだ。
それを一本ずつ、おばけ達に渡してやる。

「わ、ペロペロキャンディーだぁ!」

「まぁ、可愛らしい飴ですわね」

「大佐……可愛い…」

各々喜んでいたが(ティアが何に喜んでいたかは不明だ)、一人だけ、沈んだ顔をしている者がいた。

「ルーク?…お気に召しませんでしたか?」

ジェイドが問うと、はっとした表情になり、勢いよく顔を左右に振った。それに合わせて、作り物の耳がぱたぱたと鳴る。

「ち、違うよっ、アメは嬉しい!」

「では、何故そのような顔をしているのですか?」

「う……その、ちょっとだけ、いたずらしたかったなって…」

怒られるとでも思ったのか、ちろりと上目遣いにジェイドを見上げてくる。

女性陣は、どうやってガイを驚かせようかと議論していて、こちらの話は聞いていないようだ。

「それならガイにしたらいいでしょう」

今から行くところなのでしょう?と聞くと、そうだけど、と返ってきて。

「でも、俺はジェイドにしたかったんだ」

…ああ、この子供は。

子供のまっすぐさは脅威だと、ルークに逢って初めて実感したのだ。そしてそれは現在に至るまで。
つまり、彼が言いたいのは。

「…それは、子供のいたずらですか?それとも、…大人の悪戯ですか?」

問えば、ルークは真っ赤になった。
それではもう答えたようなものだということに、彼は気づいているのだろうか。

「ジェイド…」

「……お菓子は、もうありません」

突然の言葉に、ルークがきょとんとする。
笑いだしたいのを堪えて、ジェイドは続けた。

「だから、夜にもう一度来なさい」

お菓子をあげなければ、いたずらされるのでしょう?

耳元で囁けば、彼は一瞬目を見開いてジェイドを見て、それからこくこくと、首を勢い良く上下に動かした。

「ルーク、行くよーっ」

アニスの声に、現実に引き戻されたルークは、去り際に照れたように笑って言った。

「じゃ、…また来るよ」

その言葉を最後に扉は閉まり、後には先程の騒ぎが嘘のように静かな空間が残された。
堪えきれなくなった笑いが、ジェイドの口をついて出てきた。

「…まるで逢引みたいですね」

自分で言って、さらに笑えてきた。ひとしきり笑ったあと、再び椅子に戻り、書類の続きを始めた。

しかし、とジェイドは考える。
悪戯しに来なさい、だなんて、まるで夜の誘いのようではないか。

「私もヤキがまわりましたかねぇ…」

もう一度、くすりと笑った。

夜は忍び足で近づいてきている。



END



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