文章♯
□silver
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するりと手から滑り落ちるそれは、まるで彼自身を表しているようで。
silver
ティトレイは眠るヴェイグを見つめていた。寝ている彼は、どこかあどけない印象を与える。
手を伸ばして、シーツに散らばる蒼銀の髪を一束手に取った。
いつもは無造作にみつあみにされている長髪は、さらさらしていてとても手触りがいい。
それにそっと唇を落として、くしゃりと顔を歪めた。
脳裏に浮かぶのは、昼間アニーと楽しそうに話していたヴェイグの姿。
一瞬だけ、ふわりと花が綻ぶように微笑ったヴェイグに、アニーが顔を真っ赤にしていたのを見て、理解できない感情が溢れた。
アニーがヴェイグに想いを寄せていることなんて、知っていた、はずだけど。
こいつは自分ののものだと、世界中の人々に言ってまわりたくなる。
取られたくない、なんて…醜い独占欲。
「ヴェイグ…」
ヴェイグは自分のことを好きだと言ってくれた。正直な彼のことだ、その言葉に嘘は無いのだろう。
でも、時々不安になるのだ。男の自分なんかより、女のほうがいいのではないかと。
ヴェイグの心が、わからなくなる――。
「……、ティトレイ…?」
ティトレイは、はっとして青年の髪から手を放した。
「悪ぃ、起こしちまったか?」
「いや、構わないが…眠れないのか?」
「ああ…目が冴えちまって、な」
「なら…ほら」
ヴェイグは自分の毛布を捲って、人が入れるようなスペースを開けた。
「え?」
「…入らないのか?」
「あ、いや…。何で?」
「…幼い頃、眠れなくなったときにおじさんやおばさんのところに行って、添い寝してもらうとよく眠れたから…」
「だから、おれに添い寝してくれる、ってこと?」
青年は無言で頷いた。
「そっか、ありがとな。…お邪魔しまーす」
ヴェイグのベッドに潜り込んだティトレイの心中は複雑だった。
ヴェイグのことを信じていないわけではない。ただ、不安なのだ。
ヴェイグは綺麗だから、誰かに取られてしまうかもしれない。その時、自分はどうなるのだろう?
「ティトレイ?」
ふと気づくと、青い瞳がティトレイを見つめていた。
「え?あ、何だ?」
「…何か、悩みがあるのか?」
「え…」
「何だか元気が無いように見えた…。オレでよければ、相談に乗るぞ?」
ヴェイグは人の気持ちに敏感だ。だからティトレイが悩んでいることに気づいたのだろう。
だけど。言えるはずがない。
「いや、大丈夫だ。ありがとな、ヴェイグ」
アニーに嫉妬してました、なんて格好悪いことこの上ないから。
俯いたティトレイに、ヴェイグはぽつりと言った。
「オレ達は…恋人同士、じゃないのか?」
「えっ?」
慌てて顔をあげると、悲しそうな青年の顔が見えた。
「悩んでることくらい、見ればわかる。だから、オレに出来ることならしてやりたい」
「ヴェイグ、」
「…オレは、そんなに頼りないか…?」
ティトレイは慌てた。
まさか、青年がそこまで思い詰めてしまうとは。
「違う、違うんだ…!言えないのは、…おれが情けないからなんだ…」
思わず情けない声になってしまったが、なりふり構っている余裕は無かった。
堤防を崩して溢れだしてしまった想いは、もう止まらなくなってしまっていたのだから。
「おれ…恐いんだ。ヴェイグが、いつか誰かにとられちまうんじゃないかって」
「ティトレイ…?」
「とられちまうこと自体も勿論恐いけど、それによっておれがどうなっちまうか考えると、もっと恐い…!」
心底自分が情けないと思った。
こんなことをヴェイグに言ってどうなる。
ほら、心配そうな顔をさせてしまったじゃないか。
そんな顔が見たいんじゃない。
いつでも笑顔でいてほしいと思っているのに…!
「…そんなことを考えていたのか…」
はぁ、とヴェイグが溜息混じりに言ったので、ティトレイは虚を突かれた形になった。
ぽかんとしているティトレイに、ヴェイグはもう一度、今度は小さく息を吐いた。
「オレは、お前が好きだ。前にも言ったはずだが?」
普段、ヴェイグはあまり『好き』を言葉にしない。
つまり、いま彼は真剣に、ティトレイに気持ちを伝えようとしてくれているのだ。
「…オレには、お前しか見えないよ」
「……!」
どうやって他の人を好きになれって言うんだ。
優しい微笑を浮かべる彼が愛しくて愛しくて。
ごめん、とありがとう、と好きだよ、を全部腕に籠めて、その細い身体を抱きしめた。
「ヴェイグ……このまま寝てもいいか?」
その問いに言葉は返らなかった。しかし、抱きしめかえしてくれた腕が、あやすようにぽんぽんと背中を撫でてくれた。
「…おやすみ、ティトレイ」
ヴェイグの銀糸から、ふわりと石鹸の香りがして。
少しだけ、泣きそうになった。
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