文章♯
□変わらない想いを
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「ロイドぉ!!」
「ロイドさん!!」
叫ばれた自分の名に、しかし、返事など出来る筈もなく。
「ロイドッ!!」
刹那に、蒼い光を見た気がした…。
変わらない想いを
覚醒して最初に目に入ったのは、岩の天井だった。
ごつごつした、いかにも硬そうなその表面に、ここが部屋の中ではないことが知れた。
では、ここは何処なのか。
半身を起こしてあたりを見回すと、今ロイドがいるのは小さな洞穴の中のようだった。
横では炎が燃えていて、灯りの役割を果たしていた。恐らく魔物除けも兼ねているのだろう。
意識が完全に覚醒したロイドは、ここに至るまでの経緯を思い出した。
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ミトスとの最終決戦を控えて、ロイド達は各地を巡っていた。道具や食材の充実、そして装備の強化をするためだ。
そんな中で、魔物に襲われることも少なくなかったが、強くなったロイド達の敵ではなかった。
ただ、今回は少々分が悪かった。
地面がでこぼこしていて戦いにくい上に、近くに崖があった。
もちろん、その程度でやられるロイド達ではない。
足場の悪さに多少苦戦しつつも、勝利を収めた。
そこに油断が生じた。
死んだかに見えた魔物が、渾身の力を振り絞って、ロイドに体当たりをしたのだ。
運の悪いことに、そこは崖の一歩手前だった。
不意を突かれ、ロイドは簡単にバランスを崩した。
少年の体は宙に投げ出され、――転落した。
そんなに高度は無かったが、崖は崖だ。
運良く茂みの中に落ちたのは不幸中の幸いだった。しかし衝撃は殺しきれず、ロイドは気を失ってしまったのだった。
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思わず身震いをした。
もしも落ちた所が茂みではなかったら、今頃はどうなっていたのだろう。
考えても仕方のないことではあるが、想像するのは容易い。
それにしても。
落ちる刹那に見た蒼き光。あれは間違いなく天使の羽だった。
だとすると、ロイドをここまで連れてきたのは彼なのだろう。
姿を見たわけでは無いが、既にそれは確信だった。
何より、あの声を聞き間違えるはずがなかった。
無性に、会いたいと思った。
しばらく待っていると、洞穴の入り口に人影が現れた。
人影は上体を起こしているロイドを認めると、小走りで近寄ってきた。
「目が覚めたのか、ロイド…!」
「…クラトス」
大好きな優しい声。低く落ち着いたそれに、ロイドは安堵を覚えた。そして、やはり彼だったという事実に、嬉しさがこみあげてくるのだった。
クラトスは腕に抱えていた木の実や枯れ枝を炎の傍に置いた。
枝を数本火の中に放り込むと、彼はロイドに向き直った。
「大丈夫か?痛いところは無いか?」
「ああ…大丈夫だ」
心配もあらわに聞いてくるクラトスに微笑ってみせたが、しかしロイドは確実に違和感を感じていた。
どこかが痛いわけではない。
むしろ、痛い部位がないのだ。
――崖から落ちたのに?
(怪我の一つや二つしててもおかしくないのに…。…まさか!)
「…あんた、俺に回復魔法を使ったのか?」
「ああ、そうだが…」
「馬鹿!傷なんかほっときゃ治るんだ!あんたはもっと自分の心配をしろよ!マナを使わないほうがいいことくらい、わかってるだろ?俺を抱えてたら飛ぶことも出来ないくらい弱ってるんだからさぁ…」
以前のクラトスであれば、ロイドを見つけた時点で皆の所にロイドを連れて戻っているだろう。
それができなかったのは、オリジンの封印を解放したばかりで、クラトスの体内のマナが枯渇しているからだ。
普通に剣で戦うことはできるのだから、極力魔術や天使術を使わないようにと言っておいたのだ。
だから、クラトスが助けてくれたのは嬉しかったが、そのせいでクラトスが危なくなるのであれば、素直に感謝できない。
ロイドの叱咤に、クラトスはぱちぱちと瞬きをしたあと、ふっと微笑んだ。
「ありがとう…」
「……何で礼なんか言うんだよ?」
「いや…、こんな私でも、子に心配されるのはやはり嬉しいものなのだ。同時に照れ臭くもあるがな」
そう言って、仄かに頬を染めたクラトスを可愛いと感じるのと同時に、そんなこと言ってほしくないとも思った。
「あのさぁ、クラトス。俺、あんたが父親だからってだけで言ったんじゃないぞ」
「そうか。そういえば仲間でもあったな」
「だーっ!違うよ!」
自分の父親なのに、彼はどうしてここまで鈍いのだろうか?
「? では何故だ?」
じっと自分を見つめてくる瞳に、幾分か体が強張った。
緊張を解す為に深呼吸をして、ロイドはクラトスの瞳を真正面から捉えた。
「裏切られる前にも言ったけど、俺、やっぱりあんたが好きだ」
「しかし、私はお前の…」
「わかってる!わかってるけど…でもどうしようもなく好きなんだ。あんたの子としても、仲間としても、一人の男としても…」
その真剣な言葉を聞いて、クラトスが困った顔をした。
「、……ッ」
ロイドは言わなきゃよかった、と内心で舌打ちをした。
クラトスが受け入れられるはずがないのだから。
親子、その見えない壁が立ちはだかる。
「…ごめん。困らせたかったわけじゃないんだ。…忘れてくれ」
胸が痛かった。
望みは無いと、わかっていたはずだったのに。
俯いてしまった少年の頭を、クラトスはまるで子供をあやすようにぽんぽんと撫でた。
「お前らしくないな、ロイド」
「なっ…子供扱いするなよっ」
「…私が、いつ拒絶した?」
「え…」
思い返してみれば、確かに嫌だとは言っていない。
「でもあんた、困ってたじゃないか」
「それは…」
突然クラトスは口を噤んでしまった。
やはり嫌なのではないのか、とその顔を覗き込むと、彼は真っ赤になっていた。
「…クラトス…」
炎に照らされての赤さなんかじゃ、ない。
ロイドは一つの結論に行き着いた。
「あんた…もしかして、俺のこと、好き、なのか?」
恋愛感情で、とロイドが言うと、クラトスは耳まで赤くなった。
肯定こそしていないが、答えは明白だった。
観念したように、クラトスが口を開く。
「…こんな浅ましい私はロイドに相応しくない。ロイドにはもっと相応しい相手がいる。…そう自分に言い聞かせてきた。なのに、お前の告白を聞いたら決心が揺らいでしまった。だから、困ったのだ」
「好きだって言っちまいそうになったから?」
こくりと頷いたクラトスが可愛くて、ロイドは思わずその細い体に抱きついていた。
「クラトス…すっげー嬉しい。俺達、両思いってことだよな?」
「だ、だが…」
「もー、クラトスは嬉しくないのかよ!?」
「…う、嬉しい、が…」
「ならそれでいいじゃん。な?」
クラトスはまだ渋っていたが、ロイドの期待に満ちた目に根負けし、溜息を吐いた。
「……まったく、適わんな。認めてしまった以上、受け入れるしかあるまい」
「へへ。じゃあ、今日から親子兼恋人同士だからな!」
「…親子をやめるつもりは無かったのだな」
「当たり前だろー?」
淡く微笑みを形づくる頬に音を立てて口づけると、火を点けたように朱が走った。
調子に乗って薄い唇をついばむと、頭に平手が飛んできた。
殴られたのにまだ笑っているロイドに、クラトスが呆れたように息を吐いて、それからつられて微笑った。
それから仲間がレアバードで迎えに来るまで、少年と天使は笑い合い、キスを交わしていた。
――ずっとずっと、貴方と一緒にいるよ。ずっとずっと、貴方を愛し続けるよ。
だから、貴方も変わらない愛を貫いてね。
END
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