文章♯
□蒼い天空の記憶
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救いの塔で、あんたが天使だと知った時。
まず俺が思ったのは、『綺麗』だった。
怒りとかはその後だったんだ。
不謹慎だけど。
あんたの羽の青さに、見惚れてしまった。
その透き通った蒼に、惹かれてしまったんだ――。
蒼い天空[そら]の記憶
不意に、ロイドは目を覚ました。
ここは宿屋の一室。野営をしているわけではないから、敵の気配を感じて目が覚めた、ということではないはずだ。そもそも、それなら先にクラトスが気づいて起きているだろう。
そういえば、クラトスのベッドはロイドの隣のはず。それなのに、寝息すら聞こえてこない。
「あれ…?クラトス?」
彼に宛がわれたベッドを見ても、そこには誰も寝ていなかった。シーツに皺一つ無い。
「ったく…どこ行ったんだよ…」
ロイドは面倒臭そうな声を出したが、それに反して、部屋のドアに向かう彼は随分と急ぎ足だった。
不安、だったのかもしれない。
クラトスが夜空に溶けて、消えてしまうのではないかと――。
宿屋の中にはいなかった。
ではやはり外にいるのかと、人気の無い草原に来てみれば。
案の定、鳶色の髪と濃紺の燕尾を風が揺らしていた。
彼はロイドに背を向けて、身動きせずに佇んでいる。何とも言えない気分になって、ロイドはこちらを向かない背中に声をかけた。
「クラトス。こんな所にいたのかよ。探したぜ」
勿論、相手は気配でわかるのだから、特に驚きもせずに振り返ったのは不思議なことではなかった。
「…ロイドか」
「こんな時間に何してんだよ?」
「星を、見ていた」
月明かりのせいだろうか。クラトスの顔が、何だか儚く見えて。
どきりとした自分を隠すよう、わざと茶化すように言った。
「…眠れないんだろ」
「………」
何も言わないのは図星だからだろうか。ロイドはにっと笑う。
「あんたってさ、意外とわかりやすいよな。って言っても、誰にでもわかる、ってわけじゃないけど」
むしろ全然わからない、とロイドは心の中で付け足した。
「そうか?」
「ああ。俺も最初のうちは『何だコイツ、ワケわかんねー』って思ったりもしたんだけどさ。真実を知って、もう一度…本当の仲間になれた今ならわかるんだ。あんたは不器用で、感情を表に出すのが下手なだけなんだ、ってな」
驚いた顔をしているクラトスに、ロイドは笑みを深くして、言葉を続ける。
「なんかさ、俺とあんたの性格って正反対だよな。親子なのに。あ、割と頑固ってとこは一緒かな」
「…お前はどちらかというとアンナに似ている。私にあまり似ていないのはそのせいだろう」
「へぇ…じゃあ俺は母さん似、なのか」
「そうなるな」
ロイドは手の甲のエクスフィアをそっと撫でた。そして、今はここにいない、母を想った。
クラトスは、ロイドが彼女に似ていると言った。とすると、彼女は強い女性だったのだろうか。
父と、母と、自分。
追われる生活を送りながらも、きっと幸せだったのだと思う。
ロイドがそこまで想いを馳せた時、目の奥でちらつくモノがあった。
煌めく、蒼。
「…なぁ、クラトス。羽、見せてくれよ」
「羽を?いきなり何を言いだすのだ」
「なんか急に見たくなったんだよ。な、いいだろ?」
「……よかろう」
クラトスが目を閉じると、彼の周りで光が舞った。そして、その背に蒼く光る羽が現れた。
「やっぱりあんたの羽…綺麗だ」
ロイドがそう言うと、クラトスは微かに笑った。
「そのような言葉は好きな女性に言うのだな」
「だって本当にそう思ったんだ。別にいいだろ?それに」
きょとんとしているクラトスに、今度はロイドが笑って。
「羽が無くても、あんたは綺麗なんだし」
「……、そんなことは無い…。私は、汚れきっている」
そう言うと、クラトスは俯いてしまった。ロイドは一つ、溜息を吐き出す。
「もー、何度言ったらわかるのかなー。あんたは綺麗なんだよ。外見も、内面も、な」
「だが…」
クラトスが顔をあげた。瞳が僅かに揺れている。
「往生際が悪いぞ!可愛いって言われるよりマシだろ!?…あ、もしかして言われたかった、とか?」
「可愛…っ!?馬鹿を言うな!言われたいわけがなかろう!!」
ロイドがからかうと、途端にものすごい勢いで反論してきた。
「クラトス」
「……何だ」
「顔、赤いぜ」
「…っ!!」
意外というか何というか…、彼はこういった言葉に免疫が無いのだと知る。
「可愛いの」
「…っ黙れ!」
「涙目で睨まれても恐くないんだけど…」
ロイドがそう言うと、クラトスはプイと顔を背けてしまった。その仕草が何だか妙に子供っぽくて、少し笑ってしまった。
「悪かったって。でもあんたも悪いんだぜー?認めようとしないから」
「何故認めねばならんのだ。大体、父親に向かって可愛いとは何だ…」
「思ったこと言っただけだし」
からからと笑うロイドに、クラトスは脱力したようだ。額に手をあてて、溜息を吐く。
そんなクラトスを見て、ロイドは更に笑みを濃くした。
「ま、あんたは綺麗で可愛い、ってことだな」
勝手に『可愛い』も追加したが、それについてはもう何も言われなかった。否、もう言う気が起きないのだろう。
「お前という奴は…とんだ馬鹿息子だな」
「馬鹿で結構!」
一瞬の後に、二人で笑いあった。クラトスは微笑程度だったけれど、それでもロイドは嬉しかった。
滅多に笑わない、笑い方を忘れてしまったかのような彼が、笑ってくれたから。
「…あんたが父親で、よかったよ」
「…!」
「あんたが本当の父さんだって知らされた時さ、すっげー驚いたし、すぐには信じられなかったんだけど…嬉しくもあったんだよ」
クラトスの背後で、蒼い羽根がキラキラと舞う。それを無意識のうちに目で追いつつ、ロイドは話を続ける。
「救いの塔で初めてあんたの羽を見た時、見覚えがある気がしたんだ。その時は気のせいだろう、って思ったんだけど…」
そっと、クラトスの表情を伺う。
あの時のことを思い出したのだろう。痛みに耐えるような、辛そうな顔をしていた。
「なぁ。俺、あんたの羽見たことあるんだろ?ガキの時にでもさ」
クラトスは静かに頷いた。
「お前はよく私の羽を見たがった。そして、見る度に必ず言う言葉があった」
「それは?」
「『おとーしゃんのはね、きれいだからだいしゅきー』……大の男が言うと不気味だな…」
「…まあ、今の俺が言っても薄ら寒いだけだと思うけど。まぁそれは置いといて」
ロイドは、自分のより赤みの強い瞳を見つめた。茶髪の少年が、こちらを見返している。
「俺、そんなこと言ってたんだな。全然覚えてねーよ…」
「それは仕方あるまい。むしろはっきりと憶えているほうがおかしい」
「それもそうだな。…ああ、そろそろ宿に戻ろうぜ。寝坊して先生に怒られたくないし。あぁでもあんたは怒られないよな。むしろ心配されるよ」
「そうだろうか?」
「そうだよ!ったく、皆クラトスには甘いんだよなー。さ、行こうぜ」
何気なく、クラトスに手を差し伸べた。
「ああ…」
ロイドの手に、白い手が重ねられる。
一人でも歩けるはずなのに、わざわざ手をとってくれたのは何故なのか。ロイドにはわからなかったけれど。
その唇が緩く弧を描いているのが、とても嬉しくて。
そのまま手を引いて、歩きだす。クラトスは何も言わなかったけれど、逆にそれは嫌ではないということなのだろう。
自然と、頬が緩むのを感じる。
「なぁ」
「何だ?」
「大好きだよ、父さん」
顔だけ振り返って、にっと笑ってみせた。クラトスは驚いた顔をしたあと、仄かに赤く染まった顔で微笑んだ。
その時の綺麗な夜空と手のひらから伝わる熱を、忘れることは、きっと無いだろう。
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