文章Φ

□優しく、温かく
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ほろり、と。
一度流れ出た雫は、あとからあとから溢れだし、止まらなくなってしまった。

「え、あ、」

自分でも驚いて、慌てて拭うけれど、一向に収まる気配がない。
涙というものは、こんなに制御できないものだっただろうか。

「阿久根先輩、」

ああほら、彼を心配させてしまった。
年下の彼は、人の機微にとても気を遣う子だ。
焦ったような、気遣わしげな声色で、どんな表情をしているのか見なくてもわかる。

「ごめ……だ、いじょう、ぶ、だか、ら」

とは言え、笑うのにも失敗してしまったし、こんな調子じゃ信憑性は皆無だろう。

なんでだろう。
そんな、泣いてしまうような出来事なんて無かったのに。
ただちょっと、人吉くんと昔話をしていただけで。
どうしてこんなに、胸が苦しいのか――。

「…無意識なんですね」

人吉くんの静かな声が聞こえる。
だけど言葉の意味がわからなくて、首を傾げる。ゆらゆら揺れる視界では、彼がどんな表情をしているのかわからない。

「先輩…」

ふっ、と距離が縮まって。
俺は案外力強い腕に抱きしめられていた。

「人吉くん…?」

肩が濡れてしまうよ、と胸を押したけれど、逆に腕の力は強くなって。

「いいんです。俺にはこんなことしか出来ないから」

…さっきから、彼の言葉がよく理解出来ない。
普段はそんなことあり得ないのに……こんな状態だから、頭の回転も鈍ってしまっているのだろうか?

「…先輩の傷が、少しでも和らぐように」

俺の涙が彼の肩に染みを作るけれど、人吉くんは気にも留めない。どころか、いたわるように背中を撫でる動きを感じる。

その態度で、その優しい声で、俺がどれだけ愛されているかを感じ取れて。
涙は止まらないけれど、唇は笑みを形作る。

「先輩の心は、俺が守りますから――」

嗚呼、彼のこの腕も、心も。



(やさしく、あたたかく、)




END





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