文章Φ
□Dance with the Night
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※パラレル:似非ゴシックファンタジー
上は一面の星空。下には見慣れた街並みが広がっていた。
アニスはバルコニーに立って、それを虚ろに眺めていた。
微かな風が、2つに結んだ黒髪を揺らす。
虚ろと言えば、この屋敷に来てからアニスはいつも虚ろだった。
生まれた家を守るために、幼かった少女は貴族の養子になった。
屋敷ではいつも1人ぼっちだった。
『家族』も使用人も、親切なのは上辺だけ。陰では貧しい生まれを蔑まれた。
それが特別、悲しいと思ったことはない。
感情なんて凍り付いてしまったから。
だけど。
アニスは明日、一族の繁栄のために望まぬ婚姻をさせられる。相手は二回りも年上の富豪。
結局彼らはアニスを道具としてしか見ていなかった。――それが、少しだけ悔しくて。
下を覗き込む。ここから落ちればまず助からないだろう。
――何一つ自由に出来ないなら、命くらいは自由に使ってやろうと思ったのだ。
柵を乗り越えようと身を乗り出した、その時。
「逝くの…?」
ふわりと桃色が舞った。
音もなく手摺りの上に降り立ったその少女は現実味がなく、ひどく異質に思えた。
浮かび上がるような白い肌に黒衣を纏い、小さな身体に不釣り合いな大鎌を持ったその姿は。
「――死神…?」
「そう。アリエッタ、魂を回収するのが、仕事」
目の前の少女は、事もなげに自らが死を司る者だと肯定した。
「ふうん。……私の命を獲りに来たの?」
「ちがう、今日は散歩。新月だから」
「?」
「えと、新月は、特別…なの」
説明があまり得意ではないのか、たどたどしく一生懸命に伝えようとする彼女が可愛らしく思えて、アニスは知らずに笑みを零していた。
ふと、彼女が首を傾げる。
「あなた、アリエッタがこわくないの?」
「え? …うん。怖くないよ」
なんかイメージと違うんだもん。死神がこんな可愛い女の子だとは思わなかった。
そう言えば、少女は目を見張った。
「かわい、い?」
言われ慣れない言葉だったのか。
響きを確かめるように口にした、後。
「おもしろい人間…」
初めて見せた微笑みは、蕾が花開くような可憐さ。
それに見惚れていたら、白い手のひらが差し出されていた。
「いっしょに…来る?」
「えっ?」
「あなたが死ぬの、もったいない。アリエッタと一緒にいよう?」
それはアニスにとって、初めて他人に必要とされた瞬間だった。
――その言葉が、どれだけ嬉しかったか。
涙腺が緩みそうになるのを必死で堪えて。
「うん…!」
笑顔で、少女の手をとった。
瞬間、ふわりと身体が浮いて自然と手に力が籠もる。
「大丈夫。アリエッタを、信じて」
その言葉に頷いて、そっと力を抜くと。
2人の身体は、バルコニーの外側にあった。
「わあ…っ」
信じられないことに、夜の街並みの上を歩いている。
死神の持つ能力なのかもしれない。
重力の抵抗もなく、ふわふわの絨毯の上を歩いているような感覚だ。
「…あなた、名前は?」
「アニス。あんたは『アリエッタ』でいいの?」
「うん。よろしく、アニス」
――ああ、この笑顔だ。
彼女の笑顔に、アニスの心は奪われてしまったらしい。
後ろを振り返ると、つい先程までアニスを閉じ込めていた屋敷が見えた。
それを清々しい思いで見やって、前を向いた。
ここに戻ることはないとわかっていても、未練なんてひとつも浮かばなかったから。
それからはもう一度も振り返ることなく、死神と共に夜の中へと消えていった。
それからアニスの姿を見た者はいない。
しかし、新月の夜になると少女の笑い声が二人分、聞こえると云う。
END
自分よりでっかい鎌を持ったアリエッタが思い浮かんだことから出来た話でした。
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