100題

□失われた物が戻らない事なんて知っている
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それはただの紙切れたちだったけど、それは彼との会話であって、彼の言葉だった。






失われた物が戻らない事なんて知ってる






家の衣替えをすると突然言った母の勢いに飲まれて、折角の休みのはずが大労働に変わってしまったのは小一時間前の事。
母や父がリビングや納戸の掃除をしている中私は自分の部屋を片付けていた。
普段から物を惜しんで棄てる事の出来ない私の性格は掃除にまで影響され、ちっとも部屋の片付けが進まないと言う事を母はよく知っているので、兎に角自分の部屋だけでも片付けなさいと大きなビニール袋を渡されたのだ。
片付けだしてから一時間。案の定私の部屋の掃除は全く進んでいない。
どうしたものか、やはり殆ど何も棄てられなくて、ビニールには何も入っていない。
元々あまり部屋は汚くないので掃除機を掛けるだけでも良いとは思うのだが、でもこんな大きなゴミ袋を渡されたのだから何か棄てなければならない気がして悩んでいるのだ。
ううむ。
小学校の時と中学校の時のテストを棄てようかな、取って置いても嵩張るだけだから。うん。そうしよう。
私はそう思うと直ぐに立ち上がり、テストがまとめてある引き出しを開いてテストを取り出した。

「あ。」
全部持ったつもりだったのに、数枚の紙が足下にひらひらと落ちていく。
私は取りあえず手に持っているテストの束を置いて、そして落ちた紙を拾い上げる。
「(あ…。)」
私の目は落ちた紙の端に止まる。
ソコには私が書いた小さい字と、彼の書いた男の子らしい少し特徴的な字があった。


それは、彼との会話とも言えない、始めての会話。


一年前、まだ入学して間もない頃、教科書を忘れた私は隣の席の人に見せてもらった事がある。
その時教科書を見せてくれたのが、彼こと越前君だったのだ。
彼は嫌がる事も無く私に教科書を見せてくれた。だけど、私は人見知りが激しかった為にありがとうを中々言い出せなかったのだ。
しかし、どうしても感謝の言葉は言わなくてはいけないだろうと私は思い、その日返却されていたテストの裏にありがとう。と書いて越前君に見せたのた。
すると越前君は、返事を答えるのではなく、私がありがとうと書いたその字の下にどう致しまして。と書いて私にそのテストを渡した。
私は、何故だかは分からないけど、その事に凄く気恥ずかしさを覚えてその後授業に集中する事も出来ずにその時を過ごした。

その後に越前君とは全く接点は無くて、会話らしい会話だってした事は無く、私は家を引っ越して学校も変わってしまったけど越前君への想いはまだ胸に残っている。


会える事を期待してる訳でも、想いを伝えようとしてるわけじゃないのに。



私はテストの束を棄てた。気付かないフリをしながら彼との思い出を挟んで。



失われた物が戻らない事なんて知ってる
(でも気持ちに区切りをつけないといけないのも知ってる)


    

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