100題

□微かな動悸
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涙を流していた。
別にそれまで同じクラスにいる名前も覚えていないクラスメイト。
そんな印象しか持っていなかったから、笑った顔なんて見たことが無かったから、当然泣き顔なんて初めて見た。
と言うより人の感情的になって流す涙なんて自分の物ですらまともに見たことの無かった私には、その涙はとても印象的で、現実味の無いものであった。
でも、音だけ、
彼が抑えようにも抑えれない、しゃくり上げる声だけはよく聞こえた。





世界が不平等なのは知っている。どこでも引っ付いてくるのが勝者と敗者と言う所でもう不平等なのだ。
そもそも……とまあそんな事を言っていたら進む話も進まないので置いておく事にする。
泣いていたクラスメイトの名前は宍戸亮。テニス部が大会で負けたので泣いていたらしい。
負けたくらいで何男がめそめそ無いてんだ。と思ったが、彼がどのくらいその物に対して熱意を向けていたのかは知らないのでそうは言わない。
泣いていた所に話しかけられた宍戸は、急に目をジャージに擦り付けたと思うと、涙声にしない為か鼻声になった声で、お前こんなトコに何の用だよ。と、私に背を向けたままぶっきら棒に言った。
私は寧ろ宍戸にお前こそなんでこんな場所で泣いてるんだよと聞きたい。
今私たちの居る場所は体育館の倉庫だ。
今日は休日なので、授業が無い上、部活はそれぞれの倉庫があるので誰も体育館の倉庫などよりつかない。
だが私がココに居るのは、体育倉庫にある備品が無くなっていないか、壊れていないかを確認する当番になってしまったからだ。
つまり今ココにいるはずが無いのは宍戸の方なのである。
「何でココに居るの。」
悩んでいても仕方が無いので単純に聞いてみる。
素直な答えが返ってくるわけは無いだろうが。
「………。」
無言だった。そうだ、無理に喋ったら宍戸は(多分)噛み締めている口から嗚咽が漏れてしまうだろうに、答えられる訳が無い。

宍戸の背中を見つめる。
宍戸は私がココにまだいるから涙を必死に止めている。
私が宍戸と会話をしてから何分か経った。
別にただ突っ立っていた訳ではない。
宍戸が何でココにいるかを不毛にもまだ考えていたのだ。
いや、不毛ではない。私はちゃんと思いついた、宍戸がココに居た理由を。

一人で泣ける場所を探していたんじゃないかと私は思う。

休日に体育倉庫なんて人が寄り付かない場所に来て泣くなんて、冷静に考えてみたらソレしか理由が見当たらない。
どうやら先ほどの私は頭が沸いていたようだ。
いや、多分動揺していたのだ、人が感情的に泣く姿なんて見たことが無かったから。
さて、それに気がついたのはいいが、どうしようか。
ほおって置くのが一番良い策だろうが、しかしながら私はこの体育倉庫の備品チェックをしなくてはならないのだ。
宍戸が泣き止むまでここから立ち去っておく何て気を利かせるほどには私は人情が有る訳ではない。
早く備品チェックを終わらせて家に帰りやりかけのゲームをやりたいのだ。
しかし、何故か彼の領域に踏み込んで、彼の涙を踏みにじる事が出来ないので困っている。

……………それにしても、さっきから何かおかしい。
胸が、脈が、どくんどくんと言うよりどくどくと早打ちしている。
どうしたらいいのだろうか。

宍戸が鼻を啜った。



       

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