100題

□もう戻れない時間
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寒空のした、白く濁った息を吐きながら、凍てつく風に当たりながら、赤くなった鼻を啜りながら、俺は一人自転車に乗って坂道を登った。





歩くのが面倒。そんな理由を天下の立海大テニス部レギュラーのくせに言い放った丸井に、俺は文句を言いながらでもいつも自転車の後ろに乗せてやっていた。
それは、坂道を途中で力尽きると後ろから押して貰えるという何とも良い交換条件があったから為なのだが、その交換条件を聞いたとき、俺は真っ先にだったら自分で歩けよと丸井に言った。
その時に長く歩くのがいやなんだよぃ。と言った丸井の言葉が妙に言い訳がましいと思ったのをまだ覚えている。

俺と丸井の登校時間はほぼ違う。それはテニス部に朝練と言うものが一週間殆ど毎日あるので、通常登校の俺と朝練のある丸井とでは時間に大きな差が生じるからだ。
だが、冬は違かった。
それは、寒いのだりい。と言う理由で丸井が朝練をサボるからだ。
だから俺たちは、冬は毎日凍てつく風に身を屈めながら二人自転車に乗って白い息を吐きながら寒いなって言い合っていた。



三年の夏、立海大テニス部は青学と言う学校に負けたらしい。
学校で大きく言われていた。
丸井も負けたと配られた学校新聞に書いてあった。
二年からレギュラーに居座っていたのに、二回大会があって最後の大会で負けるなんて可哀想な奴だな。と少し思って。
丸井はプライド高いからもう部活行けなくなるのかなと思った。
少し毎日自転車二人乗りして学校に行くことに期待を持って、すごく自分嫌な奴だなと思った。





夏が過ぎて秋が過ぎた。
冬の朝、俺の家の前に冬の風に押し負けそうに肩を竦ませて立つ赤い髪の人間はいない。
それは、丸井が熱くたって、寒くたってそんなものを気にしないくらいにテニスに熱中しだしたからだ。
前までが違った訳じゃないだろうけど、更に熱中したのだろう。
凍てつく風が押し負けるほどに。

今の俺の背中には、毎年あった落ち着く体温が無くて、俺は今まで着ていなかったセーターを今年は着た。
今年俺たちは三年。受験生。
それは、別れへのカウントダウンが近づいているという事。

去年までは一緒にいて、それは今年もそうだと思っていた。
あの二人で過ごした登校時間はもう過ごせない。

凍てつく風は、俺の心は凍えさせた。

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