100題2

□見慣れた橙馬鹿頭
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跡部クン。

アイツはいつも頭の橙を揺らして俺の名前を呼んでいた。

また遊びに来ちゃったよ。

作り笑いが下手なくせに作り笑いをして、理由など何も言わないで会いに来て、勝手に帰る。その繰り返しだった。
俺が何も聞かないからその事に甘えて、アイツはいつでも臆病だった。
でも気がついてはいただろう。
俺が俺の家に非難をしに来る理由を知っていなくても、俺が何故その理由を聞かないのかを。
その事を俺に言わないのもやはりアイツが臆病だったからだろう。
俺にその事を言って避難場所を失うのが嫌だったのだろう。
本当に臆病な奴だ。





見慣れた橙ばか頭





「跡部クーン。」
屈託なく笑いながら堂々と人の家の塀を乗り越えてくる不法侵入者は、俺の名前を呼びながら近くの木に乗り移り、見事不法侵入を果たしていた。
そんな光景を見ながら、そのさながら忍者の様な身のこなしを、何処で覚えてきたのだろうかとふと考えたりもするが、考えようが答えはアイツが馬鹿で脳みそが空だから常人より身軽に動けるだとか、そんな下らない事しか思いつかない上、アイツに聞いたところで明確な理由なんて有る筈が無い為、俺が有る頭使って考えようがようは無駄なのだ。
だから俺はアイツが何度玄関から入れと言っても塀を乗り越える不法侵入者に成り下がる理由を、考えようとも聞こうともせず、いつもあの橙頭を殴るだけで、済ませているのだった。
「で、今日ものこのこ不法侵入しやがって、何の用だ。」
今日もいつもの様に俺に頭を殴られ脳細胞が減ったとか喚く千石に俺は広い心を持って聞けば、一瞬考える風に表情を作っても直ぐに締まりのない笑い顔を作った千石は、特にな〜し。と答えた。
「よっし、用も特にない分際で俺様の家に不法侵入しやがった罪は重いからな。」
拳を手のひらにあて座っていた椅子から立ち上がれば、千石は慌てて頭を押さえ、まったまった。と繰り返し、分かったよ、用を言えばいいんでしょ。と頭を捻らせた。
既に用が無いと言い、用を考えればいいんだろ。と言ってしまった時点で次に出てくる“用”は全くの嘘っぱちだと言う事が相手にばれるという事に気がついていない場所が馬鹿だよなと、同情心すら湧き出る馬鹿頭千石にもういいと言い放ち、俺は自室のベランダから自室へと戻り馬鹿が来るまで読んでいた本を本棚にしまい、俺と千石の分のティーと菓子を用意させた。


「あー跡部クンの家のお菓子はホントおいしいよね、跡部クンの性格が良くなったらもうホント通っちゃうのに、って、今もそんなもんか、でもやっぱり来ない日があるのは跡部クンのー………。」
千石は机に用意されたティーと菓子を見た途端椅子に座り、一も二も無く菓子を食べ、そしてマシンガンさながら喋りだした。
俺はそれをただ聞いているだけ、気持ち悪くなる程に甘い菓子を付き合う程度に食べて、ほとんど話なんて聞かずに何時間も何時間もそうしている。
千石も千石で聞いてもらおうなんて思ってもないらしく、俺が居ても居なくても同じ様にまるで壁に離しかけているかのように、目を合わせようともせず、菓子を食う時とティーを飲む時以外は喋り続けている。
そんな傍から見たら眉を顰めてしまう様な奇妙な関係でも、俺たちはそれで満足に近い何かを得ていた。
それは、俺が何も聞かず千石が重要な事など何一つ話さない薄っぺらい関係だったから何だって事は、俺も千石も気付いてた。しかしながらその空間が少なからず大切だと思い、思われたから成り立っていた。

はずだった。

「跡部クン。俺もうココに来ない事にするよ。」
「はあ?」
唐突に放たれた言葉を俺の賢い頭は簡単に飲み込んで理解する。しかし納得は出来なかった。
千石を見てみても千石はやはり締まりの無い顔で笑っていた。本当に作り笑いが下手な奴だ。
「ま、いんじゃねえ?お前の所為でこっちは読書の時間削られてるしな。」
でもそんな顔に気付かないフリをするのもお手の物な俺様はアッサリと笑った。
「いや、人の所為にしないでよ、俺関係ないから。」
そんな俺の様子にあからさまにホッとした千石の言葉に俺は何も返さなかった。
しかし千石はやはり俺のことなんて居ようが居まいが関係ないようにじゃあね。と言っていつもならベランダから出て行って不法侵入の時と同じ手口を使って出て行く癖に、何の気まぐれか玄関から出て行った。
それは分かりやすい千石のけじめなのだろう。
『もう来ない。』
と言う。




そう。俺の気遣いなどアイツは無視な上、いつだって自分の思う様に実行して行動して全てを瓦解させるのだ、自ら積み上げた積み木を崩すように。でも、それで一番傷ついて、壊れそうになるのはアイツなのも分かっている。
だから俺はアイツに会いに行く事も無く、アイツの欠けたいつもの日常を暮らして、今日も自室のベランダで甘すぎる菓子を食う。



見慣れた橙ばか頭
(いつ忘れてやろうか。)

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