水下

□詩人と風
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#詩人と風





屋上の貯水タンクの陰、それがその人のお気に入りの場所。…らしい。

探しに行けと部長命令が下されなければこんな所には来ないが、下されてしまったのだ、仕方がない。







屋上のドアを開けると風が軽く吹いていた。
たなびく前髪が鬱陶しくなるから風は嫌いだ。
今屋上と言う風の通り道なんかに来たのは、日陰だと光を気にしないで寝れるから好きだと言っていたのを聞いたことがあったからだ。

あの人ならどこでも寝れると思うのが本音だが、一つの場所に留まってくれているのはありがたい。早く練習に戻れる。
鬱陶しい前髪を払い、貯水タンクの陰を見ると、その人はやはりそこに居た。




「芥川先輩。起きて下さい。」
声をかけると、目を瞑っていただけの様で、芥川先輩は目を開いた。
芥川先輩は俺を視認するとへらりと口許を緩ませて、今ね、風のこと考えてたんだ。と笑った。
「は?」
呆れたような声を出すと、両腕で腕枕にしていた片方の腕を上空に向かって差し出し、開いていた手を握った。
「今風つかまえた。」
「……は?」
少し間を空けて、やはり先ほどと同じような声を上げると、へへへ。と笑った芥川先輩は手を開いた。
「風は流されていった。」
「…………。」
下手に疑問を口に出せば、余計ややこしくなると悟り、俺が口を閉じたままでいると、芥川先輩は止まらず喋り続けた。
「風は一時つかまえる事は出来てもそれは一生では無い。手を離せば風はするりと抜けて行き、ほらもう彼方に旅だった。風は行く、どこまでも。留まる事が出来ずにどこまでも。」
「詩人のようですね。」
俺が言った言葉が意外だったらしく目を丸めて
「初めて言われたCー。」
と感嘆を口にした。
「初めて言いました。」
俺がそう返すと、そっか。と笑ってまた風のことを話し出す。

「風は、どこまでも流れていくけど、それは風が望んでいるんじゃなくて、そうしなければならないんだCー。……だから一瞬でも覚えてれたらなー、て。」
言っている意味が分からない。支離滅裂なことを言っている自覚が無いだろう。また手を握ったり離したりを繰り返してる。
「どうでもいいですから部活に出て下さい。」
俺がそう言うと、立っている俺を見上げ自身の頭の横を叩き、ちょっと座れと示した。
俺は早く部活に戻りたかったが、この人を連れて行かなければ練習が出来ないので、仕方無く隣りに座った。
正座して座ると、芥川先輩は俺の脚に頭を乗せ一瞬で寝入ってしまった。
はめられた。そう思ったが、怒っても起きないだろうし、ソレ自体が面倒だと思い俺は後ろにある貯水タンクに寄り掛かった。


風が流れて前髪が揺れる。
先ほどの話を聞いたからなんて関係無いだろうが、前ほど髪が鬱陶しくなかった。






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