―Novel―

□月の出る夜で剣を振るう―第一章・月の出る夜はキラーの居場所―
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第一章 月の出る世はキラーの居場所

 一

 満月の、夜だった。
 いつもより濃い黄色が美しい月は。星達と共に今日も変わらず空の天辺で輝いている。霞んだ月明かりが、天に向かって伸びる木々をどこか冷たく見守っている。
 ――この世界は穢れを知らないはずだった。
 きらめく川が森の間をすり抜けるように流れ、森に囲まれたある小さな村へと入っていった。時々、夜行性の鳥のか細い鳴き声が、村を覆い、迫りくるような東西南北のどこかの森から聞こえてくる。
 ここは大国ブルネトール国から大分離れ、置き去りにされていったかのような小さな島。名すらつけられていない村のあるそこは、澄んだ風が木の葉を騒がせ、やがて何事もなかったかのように通り過ぎていく、そんな世界なはずだった。
 ――あるものが現れるまでは。 
 この世の終わりを告げるかのような存在、窪んだ目にしわくちゃの廃れた身体を揺らし、生者の生き血を求めて彷徨う、その正体は――
 「クリスッ! 後ろッ!!」
 大切なものを壊したかのような、絶望混じりの叫び声にも、クリスは動じなかった。すでに背後に潜んでいたゾンビの気配に気づいていたクリスは、振り向くと同時に銀の剣を振り上げた。死神を連想させる、クリスの漆黒のローブが蝶のように舞い、彼の赤い短髪を隠す。
 ざくっ――とクリスの剣がゾンビを捕らえる。絹を裂くように綺麗な縦線を入れられたゾンビは、苔色の液体となり地面へ垂れ落ちた。その液体から、何か黒い塊が落ち、地面に軽くバウンドした。
 普通の男性よりも高い身長に、すらりと細い身体。猫のような切れ長の目に、血を映し出しているかの如く、深紅に染まっている瞳。戦闘用の丈夫なローブに身を包む彼、クリスはゾンビを斬った剣に視線を落とす。丁度、ゾンビの液体が全て地に落ちたところだった。液体は黒い塊一つ残し、地面へと吸い込まれるように文字通り消えていった。
 クリスは黒い塊を拾う。手にべったりとくっつく粘つきと、生暖かさ。それでもクリスはいやな顔一つせず、慣れた手つきでその塊を腰にぶら下げている、大きく膨らんだ袋に詰め込んだ。
 「ふぁー、よかったぁー!」
 気の抜けた声。緊張の糸が解けたのか、そばで見守っていたブルースが安堵の息を漏らした。
首を曲げ、ポキポキと鳴らし、一息ついてからまた真剣な顔に戻る。
「クリス……村人たちにも被害がでたという報告が、王から知らされているんだろ? 早く何とかしないと!」
クリスは、そう早口で言うブルースをチラッと見た。
釣りあがった誰よりもキツイ目は、クリスと正反対の蒼い色をしている。男とは思えないほどの貧弱な白い肌は、満月の光でより一層青白く浮かび上がっていた。水色の、肩につくほどの長い髪の毛を飾る、ブルースの赤い鉢巻が風にゆれ、オレンジ色の服を隠していた黒いマントも大きく広がった。
クリスは、紅い瞳でただブルースを見つめている。ブルースも負けじとクリスを睨んだ。
――しばらく、二人のにらみ合いが続いた。毎回のことであるが、どちらともこの勝負は譲らない。
でも、もう少し。もう少し辛抱したら……
「もういいよ!」
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