―Novel―

□月の出る夜で剣を振るう―第一章・月の出る夜はキラーの居場所―
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「こんばんは、お疲れ様です」
女性特有の、高い声。
三人いる、受付の女の真ん中の女性の前へ立った。
目に痛いくらいの金髪に、濃い化粧。目の周りは、黒い泥団子をぶつけられたような色で縁取られている。女性が夜遅くまで働くとなると、大変ということはクリスも感じ取ってはいたが、特に気を使うことも無く「ゾンビを倒してきた」とだけ感情のこもらぬ声で言った。
それを聴くと女性は、受付の下の棚に手を入れながら、
「それでは、この紙に名前とそれからー……」
「説明はいい」
彼女はクリスの無愛想な態度に驚いたように目を丸く、やがて眉間にしわを寄せて二本の羽ペンと、一枚の紙を押し付けるように出した。
それを受け取ったクリスは、いつもと同じように、名前の欄に「クリス=エレジー、ブルース=リフル」と書き、倒した数の欄に合計の数を書いて女性に渡した。
女性はさっきのクリスの態度が相当気に入らなかったのか、紙と鉛筆を強くもぎ取るように受け取って、クリスを見上げるように一瞬だけ睨んだ。
女性は目を紙に戻すとそれを見ながら、なにやら数字をつぶやき、奥へ入っていった。
「今日はいつもより、儲けが少ないよな……。いつもは、百体倒すもんな、俺たち」
「お前は、ゾンビから村人を守る、という考え方で仕事が出来ないのか?」
「世の中、金だろ?」とバカにしたようにいったブルースを、流石に殴ったほうがいいと思ったが、奥からさっきの女性が出てきたため、それは未遂に終わった。――ちなみに、クリスが殴ろうとしたことをブルースは気付いていない――

女は、手に袋をもって現れた。いつも受け付けの女性が持ってくる、大きな二つの袋を思い出すと、それはずっと小さくて情けなかった。
そこに入っているものは、もちろん……。
女は、勢いよく机に袋を置いた。ドン、という鈍い音の後に、シャラシャラと金属が零れ落ちる音がした。
「賞金です。ありがとうございました」
女の唸るような低い声を無視し、クリスは賞金を手に取って、踵を返す。ブルースが、クリスにかわって女性に「ごめんね」を言った。
クリスには非情につまらないことと思えたが、口には出さなかった。
――自分の方がおかしいことくらい、わかっている。
一つ、開いている机を見つけ、そこにもらった賞金を置いた。そして、自分も空いている椅子へ座ると同時に、その場にいたキラーズの視線が、その袋と二人に集まった。
そんな様子を気にもせず、クリスは賞金の袋の蒼い紐を解いてゆく。
ブルースが遅れて、机の椅子へ腰を下ろした。
「クリス、今日で女性怒らせたの何人目? 俺が数えるに三十八人……あ、今日のゾンビと一緒の数だ」
「怒らせたつもりは無いんだがな」
もらった賞金を、クリスが持ってきていたもう一つの袋に半分ほど入れる。
きっちりと赤い紐で縛り、最後に持ち上げ重さを確認する。大体、二つの袋の重さは一緒になっていた。我ながら完璧である。クリスは小さく頷いた。
片方をブルースに渡すと、ブルースは喜んで、
「しかし、クリスは太っ腹だな! 俺のほうが倒した数少ないのにいつも必ず半分だもんな」
クリスは椅子から立ち上がり、ドアへ向って歩く。袋を懐にしまいながら歩き、ドアノブ
へと手をかけた。
「クリスとペアになった俺は運がいいよなぁ。いやー、クリスはかっこいいな」
見え見えのお世辞を吐くブルースを無視し、外へ出る。
外の冷たい風がクリスの顔を優しくなでた。。
「帰るぞ、ブルース。家まで送ろう」
反応を待たずに、ブルースの家の方角へ身体を向けて歩き出す。ブルースはやっと袋をしまうと、機嫌がよさそうに、
「いつもご苦労さん! お兄ちゃん」
寒気がしたのは、風の所為ではないだろう。これもいつものことだが、いい加減にして欲しい。
――口に出していっても、ブルースは聴かないことくらいわかっているが……
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