MSCアナザ-エピロ-グ〜SUMMER Ver.〜

□求婚
1ページ/3ページ

桜子は津田沼と付き合い始めて以降、
明日香には"いい部屋を見つけた"
と言って明日香のアパ−トを離れ、
大学からも小学校からも
徒歩数分の距離にある、
津田沼のマンションに同棲……、
いや、新たなル−ムシェアを始めていた。

だがこの日桜子は、
自分に起った出来事の余りの大きさに、
すぐには帰宅する事が出来なかった。

彼女は、ふと立ち寄った本屋で、
妊娠情報誌を手に取り、パラパラと眺めた。

そしてそれを買おうかどうか悩んだ挙句、
結局買わずにその場を離れた。

そして俯きながら、「妊娠…、私が妊娠……。
もう、忘れたつもりだったのに………」
と小さく呟いた。

辺りはもう、既に薄暗くなっていた。
ふと、桜子の携帯電話が鳴った。

それは、
彼女の帰りを心配した津田沼からであった。

しかし桜子は、
それに出る気にはなれなかった。

それに出る事で、
事実を伝える事を恐れていたのだ。

桜子の心の中では、
"もし彼に見捨てられたら、私、
もう一人でなんて生きて行けない……"
という不安な気持ちが、
彼女の脳内を刻一刻と浸食し続けていた。

突然妊娠を告げて、
それを快く受け入れる津田沼の姿が、
桜子には想像出来なかった。

いつしか彼女は、
津田沼の待つマンションの部屋の
玄関前に佇んだ儘動けずに居た。

そんな8時を過ぎても帰って来ない桜子を
不安に思った津田沼が玄関を開けると、
そこには桜子が立っていた。

津田沼が心配そうに、
「どうしたの、桜子さん? 遅くなるなら、
メ−ルの一通でもくれれば良かったのに…」
と桜子に話掛けると、桜子は憂鬱な表情で
「ごめんね、津田沼くん…」と、
消え入りそうな程小さな声で答えた。

そして、
もう逃げも隠れも出来無いと悟った桜子は、
「あのね…、津田沼くん…。
実は私、出来ちゃったみたいなの……」
と、恐る恐る津田沼に伝えた。

その一言に、津田沼は激しく狼狽しながら、
「で…、出来たって…。 ま…、まさか…」
と逆に桜子に尋ね返した。

すると彼女は静かに頷き、
「妊娠…、してるの……。
あなたの…、子供を……」と、
津田沼との間に新しい命を宿した事を
静かに伝えた。

津田沼がどうする事も出来ずに、
ただ黙って立ち尽くしていると、
桜子は更に「実は私、妊娠したのは、
初めての事じゃないの…」
と衝撃の過去を口にした。

そして更に、「高2の終りに、
1年先輩だった彼の子供が出来たの。
そしたら彼、それまでとは豹変して
"堕ろせ"って私にDVを繰り返したの。
そのせいで流産して、
彼は私から逃げる様に卒業していった…。
そんな幼過ぎた恋に傷付いた私は、
もう誰も好きにはならないって、
その時に固く心に決めたの。
だから、あなたに初めて出会った時も、
まさか、好きになるなんて思わなかったわ。
だけど、あなたといると、
心の傷が少しづつ和らいでくのが解るの。
明日香ちゃんより、誉田くんより、
津田沼くん、私はあなたと一緒にいる時が、
一番自分らしくいられる事に気付いたの。
でも、その頃にはもう
"友達"という強固な関係が出来ていて、
告白する事でその関係を壊す勇気は、
私には無かったの。
いつしか時間だけが過ぎて、
卒業の2文字が私達を離れ離れにした。
そして一人になって初めて私は、
あなたに恋をしてたんだと解ったの。
だからあの日、あなたに再会出来た事を、
私は"奇跡"だと思ったの。
今思うと、ただそれだけで良かったのに、
好きな気持ちだけが一人歩きして、
いつしか私は"あなたを独り占めしたい"
と思う様になっていったの。
それでもあなたは、私を抱きしめてくれた。
その時私、とても嬉しかったの。
でも、それと同時に、男と女が愛し合えば、
その先に何があるかって、
今時誰でも解る様な簡単な事さえ、
忘れてしまっていたの。
そして今日、小学校の始業式の最中に、
よりによって先生の私が倒れちゃって、
それが元で妊娠が分かったの。
ホントに、最低な女よね、私って…。
昔と同じ失敗を、又繰り返すなんて…」
と、津田沼への想いが
"独占欲"に変ってしまっていた
歪んだ愛情を恥じた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ