MSCアナザ-エピロ-グ〜SUMMER Ver.〜

□矢切の恋
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その一方で、
実は矢切にも心境の変化が生じていた。
大学の先輩だった君津拓三郎の事が、
気になって仕方が無いのだ。

彼は今や、
新人にしてマルテレビの看板アナウンサーと呼ばれる迄になり、
矢切自身が同局の番組に度々出ている事もあって、
君津とは現場で顔を合せる事も多くなっていた。

大学で見た彼は、
"いつも明日香を追い掛けている変な先輩"
という印象しか無かったのだが、
今現場で見る彼は、
長くテレビの世界にいる矢切でさえも驚く程
"出来る男"になっていた。

そんな7月半ばのある日、
バラエティ番組の収録を終え、
帰ろうとする君津に対し、
矢切は「君津さん!」と声を掛けた。

そして、「何だ、矢切さんか…。
どうしたんスか、一体?」
と振り向いた君津に、
「あの…、君津さん……」と、
少し照れながら何かを言いたそうにした。

君津はそんな矢切の様子を不思議に思い
「何すか、矢切さん?」と近付くと、
矢切は「君津さん、私…、
君津さんの事が好きなんです!」と、
君津への想いを口にした。

そんな矢切からの突然の告白に、君津は
「矢切さん、君の気持ちは有り難いが、
俺はまだ明日香を…」と断ろうとするが、
矢切は君津の言葉をかき消すかの様に、
「わかります!
君津さんの気持ちも確かにわかります!
私も今までは、
大学で明日香さんを追掛けてばかりいた君津さんが、
正直怖かったんです!
でも、アナウンサーになってからの君津さんは、
私なんかよりずっと頭が良くて、
真面目で、とても素敵に見えたんです!
私はそんな、君津さんの今までと違う一面に、
いつしか魅かれてしまったんです…」
と続け、君津に好意を持った経緯を告げた。

すると君津は、「それはその、
明日香に相応しい男になろうと思って、
一生懸命やって来ただけであって、
それでも明日香は振向いてくれなくて…。
それに矢切さんなら、
俺より似合う男が幾らでも居るだろう?」
と、なるべく矢切を傷付けない様に、
優しく断ろうとしたが、
矢切はそんな君津に向って
「明日香さんの事は関係ありません!
私は、君津さんじゃなきゃダメなんです!
お互いの立場の違いも解ってます!
それでも私、もう止められないんです!
お願いです…、君津さん…、それでも、
私じゃダメなんですか?」と告白を続け、
遂にはこらえ切れなくなって、
呆然としている君津の胸の中で泣き出してしまう。

するとそこへ、
同じ番組に出ていた明日香が通り掛った。

明日香は二人を見るなり「キミタク、お前…」と、
ただでさえ丸い目を更に丸くして、
驚きと納得が入り交じった表情を浮べた。

君津は激しく動揺しながら、
「ち、違うんだ明日香!こ、これは…」
と、必死に取り繕おうとするが、
明日香は全てを察した様に、
「矢切、キミタクを宜しく頼む。」と言い残し、
その場を去ろうとした。

君津は「ま、待ってくれ明日香!」
と引き止めようとするが、
明日香はそんな君津にも
「キミタク、あんたに相応しいのは私じゃ無い。
大体お前は、その気も無いのに追掛けられる
人の気持ちを考えた事があるのか?」と、
とどめの一言を君津に言い放った。

その衝撃が余りにも大きかった君津は、
暫く黙り込んでいたが、
やがて言葉を選ぶ様に、
「俺も薄々、気付いてはいたんだ。
明日香の気持ちが、俺に無い事に…。
でも、それを素直に認める事が怖くて、
逆に尚更執拗に、
明日香を追い掛けていたのかも知れない。
俺は今迄、愛されるより愛する事ばかり考えて、
人の気持ちなんて考えもしなかった。
それが、ただのゴリ押しとも知らずに…。
ごめんよ明日香、そして矢切さん。
明日香が"矢切さんを選べ"と言うのなら、
もう仕方が無い。
これ以上明日香に迫っても、
明日香が迷惑するだけだ。
だからと言って、
今すぐに明日香を忘れるなんて事も、
俺には出来ない…。
矢切さん、こんな俺でもいいのか?」
と矢切に尋ねた。

君津のその言葉に、矢切は静かに頷いた。

そして君津は明日香に対し、
「さよなら、明日香…」と呟いた。

明日香も又、君津に対して
「ああ。矢切の事、大切にしてやれよ。」
と言い、その場を去っていった。

君津にとって、
完全に明日香を忘れ去る事など、
不可能な事なのかも知れない。

だが矢切の事が嫌いなら、
それでも尚明日香を追い掛け続けていた筈である。

それにこうして見てみると、当り前だが、
矢切の方が遥かに見た目は秀でている。

君津は、今初めて自分を客観視し、
今迄の明日香との事を思い出していた。

君津が追い掛ければ追い掛ける程、
明日香は振り向くどころか、
寧ろ迷惑がるばかりであった。

そして今、決定的に明日香に振られ、
そして矢切に告白された。

君津は、"ここで今、自分が矢切を拒んだら、
今の自分と同じ思いを、
矢切にもさせてしまう。
それは、いくら何でも可哀相だ"と思い、
そっと矢切の手を握った。

矢切もそれに応える様に、君津に寄り添った。

一つの恋が終り、
そして新たな恋が始まった瞬間であった。
 

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