MSCアナザ-エピロ-グ〜WINTER Ver.〜

□育児
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それから二週間後。
桜子は愛息・誠を連れて退院し、
夫である津田沼の新居にて、
明日香・矢切・薬園台・マキ・ちとせ・
由貴緒らと、軽い女子会がてら
改めて誠のお披露目をしていた。

桜子から、
"津田沼は育休を取らない"と聞き、
早速明日香が「桜子、お前津田沼に
育休取らせないってどういうつもりだ?」
と疑問を投げ掛け、薬園台は
「桜子、あんたの旦那は
"世界一のイクメン"になれる人よ。
あんた、それ解ってる?」と尋ね、
矢切も「ホントですよ。
大体世の中には、ご主人が家事も育児も
全然してくれないって嘆いてる奥さんが
山程いるっていうのに、
桜子さんはそれらを全てしてくれる
津田沼さんをご主人に持ちながら、
そんな津田沼さんに
一切依存しないなんて、
一体どういうつもりなんですか?
そもそも、桜子さん一人で
一体何が出来るって言うんですか?
私、津田沼さんが育休取って、
桜子さんが働き続けるとしか
思ってませんでした!」
と疑問と違和感を口にした。
桜子はそれに対し、
「私が"この子は母乳で育てたい"
って言ったら、主人が言ったのよ。
"授乳だけは、
母親である君にしか出来ない。
それ以外の全てが僕に出来ても、
それだけが出来ない限り、
赤ん坊に必要なのは、
父親よりも母親なんだ"って。
その時の主人、
とても寂しそうだったわ…」と答えた。

ちとせも「お義姉さん、
お言葉が過ぎるのは承知していますが、
何故お義兄さんに頼らないんですか?
昔のお義姉さんでしたら、
お義兄さんを利用するだけ
し尽くしていた筈です。
もしかして、お義兄さんに頼れない
理由でも何かあるんですか?」と言い、
由貴緒が「まさか、赤ちゃんの父親が
津田沼さんじゃ無いから、
津田沼さんには頼れないなんて事
ありませんよね…?」
と冗談半分で口にした瞬間、
桜子の表情は一瞬にして曇り、
ただ無言で頷いた。


桜子のまさかの告白に、
その場は騒然となった。
明日香が「おい桜子、お前今
自分が言った事の意味解ってんのか?
お前は、"夫相手じゃ無い子を産んだ"
って事なんだぞ?」
と桜子を強く揺すりながら言えば、
矢切も「この事、津田沼さんは
ご存じなんですか?」と尋ね、
桜子はそれに無言で首を横に振った。
更にちとせと由貴緒が
「隠し通すつもりなんですか?」と、
薬園台とマキが
「隠し通せると思ってるの?」と訊くが、
桜子は何も言い返せずに俯いた儘、
口を開こうとはしない。

すると、そこへチャイムが鳴り、
津田沼が帰って来た。
津田沼は玄関のドアを開けると、
「ただいま。 あっ、なんだ、
みんな来てたんだ!」と挨拶をするが、
桜子はそんな津田沼に対し、
「お帰りなさい、あなた。
ねぇあなた、
ちょっとそこに座って貰える?
今からあなたに、
伝えなきゃいけない事があるの…」と、
死刑台に上る死刑囚の心境で口にした。


そして、
明日香達が固唾を飲んで見守る中、
桜子は津田沼に
「実はね、あなた、誠の父親は、
本当は、あなたじゃ無いの…。
DNA鑑定で、あなたはO型で、
私はA型なのに、誠はB型ですって…」
と静かに呟いた。
津田沼は、桜子が言った言葉の意味が
すぐには理解できず、
「えっ、ちょ、ちょっと、
それってどういう事…?
あの時言ったじゃないか!
あれから、
僕以外には抱かれてないって…」
と問い質すが、桜子はそれに対し
「それは本当よ。それは間違い無く、
天地神明に誓って約束するわ。
だから、誠の父親は、
あなたより前に私を抱いた男達の誰か。
余りにも沢山居過ぎて、
もう思い出せないし、
思い出したくも無いの。
だから私は、
あなたに育休は取らせられないの。
誠は私の息子ではあっても、
あなたにとっては他人なんだから。
それであなたに育休なんて取らせたら、
住み込みのベビ-シッタ-と変らないもの。
最近は、"ベビ-シッタ-が赤ちゃんを殺した"
って事件もあるし…。
私が執拗な迄にあなたを求めたのは、
正真正銘のあなたの子供を
身籠りたかったから。
でも、現実は残酷ね。
父親があなたじゃ無い子供を、
産んでしまうなんて…。
今ここで、あなたから三下り半を
突き付けられる覚悟は出来てるわ。
私はこれ以上無い裏切りを、
あなたに犯してしまったんだから…」
と、涙を堪えながら答えた。


部屋の中に、
桜子の啜り泣く声だけが暫し聞えた後、
津田沼は
「違う。 血が繋がっていなくても、
誠は僕と桜子さん、二人の間の息子だ。
そして桜子さん、君はこれからも、
いや、何時迄も僕の妻"津田沼桜子"だ。
君をシングルマザ-の"三咲桜子"になんて、
決して戻させはしない。
そもそも君が居なければ、
僕はこうして、家庭を持つ事さえ
叶わなかっただろう。
僕が曲がりなりにも、
君という妻を娶り、
家庭を築く事が出来ているのは、
取りも直さず、誠の存在が
あればこそだと思っているんだ。
だから僕は、
君を妊娠させた名も知らぬ誰かを、
憎んでも恨んでも居ない。
突き止めて、
懲らしめたいとも思わない。
ただ、その誰かの"男の証"の方が、
"僕より先に君の中へ届いていた"
というのは、正直凄く悔しいけど…。
でも、だからといって、
それが誠を可愛がらない理由には
ならないし、もし、これから先、
子供の人数が増えても、
"誠は種違いだから"なんて事は、
僕は決してしない。
全て紛れも無い、
僕と桜子さんの間の子供だと思ってる。

改めて、解った事があるんだ。
それは、君の今だけを愛しても
駄目なんだって事。
君が僕に出逢う前の過去、
その時犯した罪、
そしてその所為で負った傷、
更に将来出来るかも知れない
皺やシミや雀斑さえも、
もっと歳を取って、
いつか君を置いて旅立つ日が来ても、
或いは逆に君を見送る事になっても、
その全てを含めて愛さなければ、
僕は君を愛しているとは言えない。
愛している事にはならないんだ。
正直に言ってくれてありがとう、
桜子さん。
お陰で僕も、その事に気付けたよ。」
と桜子を強く見つめながら言った。


桜子は、夫が自分を赦してくれた事に
驚き戸惑いながら、
「私を、赦すっていうの?
私は、あなたとの間じゃ無い、
他の男の人との間に出来た子供を、
あなたと結婚してから生んでしまったのよ?
あなたはそんな私の悪事を、
全部見逃す事になるのよ?
父親が誰なのかさえも解らない子供を、
我が子として育てて行くのよ?
あなた、自分でそれが解ってるの?」
と尋ねた。 津田沼は静かに頷き、
「厳格過ぎて一人に戻るくらいなら、
例え何度騙されても、
君との家庭を守る方がいい。
何度も言ってる様に、
僕には君しか居ないんだから。
別にその事で、
君にプレッシャ-を掛けてる積りも無いし、
君に生涯掛けても返せない様な
貸しを作りたい訳でも無い。
君の帰る場所は、僕しか居ない。
僕はいつだって、そう信じてるから…」
と答えた。

桜子は「ごめんなさい、
そしてありがとう、
ホントにありがとう、あなた…。
今度こそ、ホントに今度こそ、
もう絶対に、
あなたを裏切る様な事はしないから…」
と答え、津田沼の胸の中で涙を零した。


暫しの沈黙が続いたのち、
どこからともなく明日香が
「良かったな、桜子。」と二人に言った。

矢切は少し呆れた様に、「津田沼さん、
ちょっと人が良過ぎやしませんか?
優しさとお人好しは違いますからね?」
と忠告する様に言った。
ちとせと由貴緒も、
矢切に同意する様に頷いた。

津田沼はそんな矢切に
「解ってるよ。 でも僕には、
桜子さんを見捨てる事は出来無い。
桜子さんの汚れた過去を、
僕が全て浄化したいんだ。
きっとそれが、
僕の使命だと思ってるから…」と答えた。

ちとせは二人に対し、
「良かったですね、お義姉さん。
お義兄さん程人間が出来た方は、
きっと他にはいらっしゃいませんよ。」
と答えた。 桜子は、それに優しく頷き、
「主人は、私にとって神様以上の存在よ。
だって私は、
神様にさえ見放されていたんだから…」
と答えた。

由貴緒は羨ましさを込めながら、
「ホントに、
桜子さんには勿体無い位ですよ。
桜子さんしか居ないどころか、逆に、
引く手あまただったんじゃ
無いんですか?」と尋ねた。

津田沼は首を横に振りながら、
「そんな事無いよ。
寧ろ、桜子さんの中の
"更生したい"という無意識の思いが、
僕を選ばせたんだと思うんだ。
桜子さんの望む事全てが、
更生の手助けになるのなら、
僕は何だってする。
毎日毎晩、連日連夜、
僕に抱かれたいと言うのなら、
僕にはそれを拒む権利は無い。」
と答えた。


するとそれを聞いた明日香が、
「所で桜子、
お前臨月寸前迄津田沼としてて、
退院したその晩からもう
津田沼としてるってのは本当なのか?」
と尋ねた。 矢切もちとせも由貴緒も、
「まさか、それは無いでしょう!
もし本当だとしたら、
正気の沙汰とは思えませんよ!」
と呆れ半分で言ったが、
桜子は一切否定する事無く
「本当よ。 さっきも言ったでしょ?
正真正銘の、
主人の子供を身籠りたいって。
私は主人と、ビッグダディ以上の
子沢山一家を築きたいの。
いつも子供の笑い声が絶えない、
そんな明るい家庭にしたいの。」
と答えた。

明日香は桜子を窘める様に、
「お前は良くても、
津田沼はどうなんだ?
嫌々お前に付き合わされてるかも
知れないんだぞ?」と言うが、
津田沼はそれに対し
「嫌々なんかじゃ無いよ。
僕は一人っ子で、
子沢山に憧れてたから。
それに僕はもう、桜子さんの体の虜に
なってしまったから…」と答えた。

すると何かに気付いた由貴緒が、
「所で津田沼さんは、
未だに桜子さんを"さん付け"
で呼んでるんですか?」と尋ねた。

桜子は頷きながら、「そうなのよ!
みんなからも言ってあげてよ!
もう"さん付け"で呼ばないでって!
主人にとっては優しさのつもりでも、
その優しさが却って辛いの!
主人に"さん付け"で呼ばれる度、
私は主人との距離を感じてしまうの!
"あぁ、私はまだ、
主人から認められてはいないんだな"
って…」と言った。

そして更に津田沼に対し、
「お願い、あなた! もう私を
"さん付け"でなんて呼ばないで!
その為なら私、子作りも我慢するし、
あなたの半分でも、
家事が出来る様になるから!
いつか"おい"とか"お前"なんて
呼ばれるのは嫌だけど、
"さん付け"はもっと辛いの!
そんな中途半端で他人行儀な優しさは、
もう私には要らないの。
だから、お願い…。
私を妻として認めてくれてるなら、
はっきり"桜子"って呼んで…」
と懇願した。

津田沼は桜子を抱き締めながら、
「桜子…」と、その後の"さん"を
必死に我慢しながら呟いた。
桜子は、再び涙を零しながら頷いた。

津田沼は更に、「僕達はまだまだ、
お互い足りない所だらけだと思う。
でもその足りない部分を補いながら、
時に同じ物を共有もするのが、
本当の夫婦なんだと思うんだ。
だからこれからもずっと、
僕の妻でいて欲しい。
桜子さ…、いや、桜子、
君以外には、その役目は務まらないと、
僕は信じているから。
愛してるよ、桜子……」と桜子に言った。

桜子は、
もう涙を堪える事が出来無かった。


そしてその晩、
二人は今迄以上に更に激しく愛し合い、
半年後、
桜子は正真正銘の津田沼の子を身籠った。


きっと二人は、これからもこんな事を
繰り返すかも知れない。
それでも二人の間の愛が、
決して消える事は無いであろう。
互いが互いを愛し、
赦す事が出来ている限り…。

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