MSCアナザ-エピロ-グ〜WINTER Ver.〜

□出産
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津田沼から桜子へ


僕は父から、
「自分一人の為だけにしか生きて居ないのは、
本当の人生を生きて居ない証拠だ」
と教えられ、
そして母からは、
「人は"自分以外の誰かの為に生きている時"
が一番幸せ」だと教えられてきた。
でもそんな母も、
僕が子供の時に病気で亡くなり、以来ずっと、
仕事一筋で家庭を顧みない父と二人暮しだったから、
誰かを本気で好きになるなんて、
考えた事も無かった。
ただ一つだけ思っていたのは、
「父の様にはなりたくない」
という事だけだった…。

でも、父の言う事が確かならば、
君に出逢う前の僕は、
自分が誰の為に生きればいいのか解らず、
自分を持て余して、
本当の人生を生きては居なかった事になる。
実際僕は、君に出逢う迄、
『いい人』以上の評価をされた事が無かった。
『いい人過ぎて物足りない』と言われた事もあった。
そういうものだと思って、僕は生きてきた。
あの日、君に出逢う迄は…。


君は僕の第一印象を、
もう覚えていないかも知れないけれど、
僕は君の第一印象を、
今でもはっきり覚えている。


桜咲く春の日に、初めて出逢った君は、
美人だけどちょっと気が強そうな人だった。
その後、"ちょっとどころじゃ無かった"
事を知る事になるけれど…。


僕達は、いつしか常に行動を共にしていた。
大勢の中の2人に過ぎなかったけれど、
君だけは、他の人とは違って見えた。
君の顔を見る事無く、
声すらも聞く事無く一日が終わった時は、
僕は言い様の無い寂しさを感じていた。
あの時の僕は、
その意味がまるで解らなかった。
僕がその意味を知る事になるのは、
もっとずっと後のことだった…。


「君を女性として見た事は無い」
っていつか言ったけど、
本当はきっと、
君に初めて会った瞬間から、
僕は君を意識していたのかも知れない。
そしてそれがきっと、
「恋」というものだったのだろう…。


それでも僕は、その想いに蓋をして、
友達として、君と接してきた。
「大切な存在だから、失いたくない。
友達でいれば、失う恐れも無い。
もし告白でもして、振られようものなら、
二人はもう友達でさえ居られなくなる」
と、あの時の僕は思っていたんだ。

でも、"卒業"という現実が、
それが過ちだった事を僕に気付かせた。

どんなに君の近くに居ても、
友達は所詮友達。
卒業の時期が来れば、
僕達は離ればなれになってしまう…。
そんな当り前の事にすら、
あの時の僕は気付けなかった。


そもそも、
毎日を安全に生きてきた僕にとって、
毎日を"綱渡りで生きている"
様に見えた君との出逢いは、
新鮮且つ衝撃だった。
いつしか僕は、
君の一挙手一投足から、
目が離せなくなっていった。
僕が傍に付いていなければ、
君は糸が切れた凧の様に、
何処か遠くに飛んで行ってしまうかも知れない。
そして、何か大きな過ちを犯すかも知れない。
あるいはもう、
犯してしまったのかも知れない。
だとしたらきっと、僕も共犯なんだろう。
僕に勇気が無かった所為で、
君が"堕ちて行くのを止められなかった"
事になるのだから…。

お節介かも知れないけれど、
あの時僕は君の事を、そんな風に思っていた。
「君を制御出来るのは、僕しか居ない」
「君を、僕の手の届かない所に行かせたくない」
「僕は、君の道標になりたい」
と言ってしまったら、
きっと君は怒るだろうけど、
そんな気がしていたんだ。
だから、僕以外の人が君の隣に居る事を、
僕はもう、想像出来なくなっていたんだ。

でも、きっと本当は君の方が、
"僕の道標"になっていたのかも知れない。
だって君が居なければ、僕は未だに、
誰の為に生きて行けばいいのか解らずに、
今でもずっと、
いい人の儘で居続けていただろうから。
いつも自由奔放で、危なげで、儚げで。
僕はそんな君に出逢ったからこそ、
"生きる道"を見定める事が出来たんだ…。

君に出逢う前も出逢ってからも、
君以上の人は、一人も居なかった。
君は、美しさと強さと儚さの三つを、
同時に感じさせる人だった。

そして、僕は知ったんだ。
「君以外の女性(ひと)は、僕には有り得ない。
僕の愛すべき人は、君しか居ない」と…。


恋だとか愛だなんて、
僕らには関係無いと思ってたつもりだった。
でも、二人が男と女である以上、僕らも又、
その言葉から逃れる事は出来なかった…。


だけど、いや、だからこそ、
あの時君に告られた時、
僕は戸惑いを隠せなかった。
二人が相思相愛だと解って、
この上無く嬉しい筈なのに、
「本当に僕で良いんだろうか」という迷いが、
僕の中から消えなかったんだ。

君は、そんな僕に業を煮やして、
『好きなら抱きしめてよ!』と僕に叫んだ。
そして僕等は一つになり、
ただ本能の赴く儘に、お互いを求めあった。
その後の事は、全く考えられなかった。
それ位、気持ち良くなれたんだ…。
でも、目が覚めて我に返った瞬間、
僕は君を傷つけてしまったという後悔に苛まれた。
でも君は、
『あなたと一つになれて嬉しかった』
と言ってくれた。
君のその一言が、僕にとっても嬉しかった。
君がそう言ってくれたから、
僕は毎晩の君からの"夜のおねだり"にも、
「僕が君を拒んだら、きっと君は又、
寂しさから他の男の許へ行ってしまうかも知れない。
たったそれだけの事で、
君を失ってしまいたくは無い。
ならばいっそ、僕が君を抱く事で、
君が悦んでくれるなら、
君が僕の許から、離れずに居てくれるなら…」
と思って、素直に受け入れられたんだ。
それに僕も、
初めは君と肉体(からだ)を交える事に、
戸惑いと抵抗があったけど、
何度も行為を重ねて行く内に、
いつしか君の肉体(からだ)の虜になり、
離れられなくなってしまった様な気がするんだ…。
それが君の思う壺なら、いっそそれでもいい。

君の行動は時に突飛で、
その度に僕を驚かせるけれど、
きっとそうでもしなければ、
僕はいつまでも決断出来ない儘でいた事を、
君は知っていたのだろう。
例えそうじゃ無かったとしても、
あの時君が体を張って、
お互いの愛をぶつけ合えたから、
僕は決断する事が出来たんだ。

朝、目が覚めて、隣に君の寝顔が有れば、
それが今日一日を生きて行く糧になる。
そして夜は、
一日の最後に君の寝顔を見つめられれば、
例え昼にどんな嫌な事や辛い事が有っても、
全て忘れて眠りに就ける。
僕は、君と夜を共にし続ける事で、
そう思える様になったんだ…。


それからの君の余りの急変ぶりに、
確かに僕も戸惑ったよ。
僕に合せる為に、
無理をしているんじゃないかと思って、
僕は正直心配だった。
でもそれはきっと、
君も僕と同じ事を感じてくれているからだと、
僕は思ったんだ。
「ずっと、君の傍に居たい」と…。
あの時の僕は、
それ以上の事なんて全く考えていなかった…。


君から『妊娠した』と告げられた時、
僕には喜びより、不安の方が大きかった。
そもそも、父と折り合いが悪くて家出した僕に、
父親になる資格なんかあるんだろうかと…。
でも、目の前の君が、
僕との間に新しい命を宿した事は、
紛れも無い事実…。

そんな君を見捨てる事など、
僕には出来なかった。
そんな、君にトラウマを植え付けた、
昔の彼の様な事など…。

君が昔の彼から受けたトラウマを、
僕が全て消してあげたかった。
君の心の傷に気付けなかった自分が、
本気で情け無かった。
悔しかった。

あの時君は、
自分の初めての人が僕じゃ無かった事を悔んだけど、
僕は、僕の初めての人が君で良かったと思ってる。
そしてきっと、最後の人になるだろう。
だから僕が、君の最後の人になる事で、
君を過去から救いたかったんだ。

きっと君は、僕に巡り逢う迄に、
何人もの男の人に泣かされて来たんだろう。
だから、破天荒に振る舞う事で、
僕にそれを悟られまいとした。
でも、あの時の君の涙が、
僕に全てを教えてくれたんだ。
「君は、僕無しでは生きては行けない。
僕も、君無しでは居られない」と…。

僕は君に出逢う迄、
そして、君への想いが『愛』だと解る迄、
"誰か一人の人を、命を賭けて愛する"事など、
知らずに生きて来た。
そしてその相手が、まさか君だなんて、
夢にすらも思わなかった。
でも僕には結局、君しか居なかった。
きっと僕らは、正反対の様で居て、
本当は似た者同士だったのだろう。
だからこそ、こんなにも強く、
魅かれあってしまったのだから…。

僕がずっと、君の隣に居たとしても、
君の孤独が生涯消える事が無いとしたら、
僕が君の為に出来る事は何も無い。
でも君は、僕が君の隣に居る事を、
心から喜んでくれた。
僕が君にとっての
"生きる理由"になれているなら、
君も又、僕にとっての
"生きる理由"になっているんだ。
だから僕は、
「君で間違い無かった」と思えたんだ。

そして僕は、君の全てを受け止め、支え、
理解し、愛し続ける事を決めたんだ。


君に心から伝えたい言葉は、2つだけ。

ありがとう、そして、愛してるよ…。
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