MSCアナザ-エピロ-グ〜WINTER Ver.〜

□出産
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そして津田沼と桜子は、
新生児室のガラス越しに、
生れたばかりの誠の姿を見つめていた。

ふと桜子が、「不思議ね…」と呟いた。

すると津田沼が「何が…?」と問い返す。

桜子はそれに対し、
「私の隣にあなたがいて、
そして誠という新しい家族が生まれた。
たったそれだけの事なのに、
こんなにも幸せだなんて…。
一年前の私には、
今の私の姿は想像さえ出来なかったわ。」
と答えた。

すると津田沼も又、
「僕も同じだよ。 去年の今頃は、
将来への漠然とした不安だけが有って、
まさか君と結ばれるなんて、
夢にも思いもしなかった。
だけど今、二人はこうして此処に居る。
まるで、何かに導かれる様に…」と言った。

しかし桜子は、「ごめんね、あなた。
きっと私、やっぱり母親失格ね。
いつもわがままで、あなたを振り回して、
妻らしい事も何一つ出来てないのに、
ただ子供を産んだだけで母親面なんて、
勘違いにも程が有るわよね…?」と呟いた。

津田沼はそんな桜子に、「そんな事無いよ。
男の僕には、それさえ出来ないんだから。
確かに、君の我儘に振り回された事も、
5回や10回じゃ無かったけれど、
僕はそれ以上に、君に出逢えた事で、
"人生"の意味そのものが変ったんだ。
君に出逢えなければ、
きっと僕には何も無かった。
君が居なければ、
父さんと和解する事も出来無かっただろう。
そもそも父さんと揉めて実家を出た僕が、
"父親になる"事自体、
僕にとっては驚きだった。
だけど、それもこれも全ては、
"出逢い"という奇跡があったからこそなんだ。
だから僕は心から、
君を選んで良かったと思ってる。
いや、選ぶなんておこがましい。
初めから僕には、君しか居なかったんだ…」
と言うと、桜子の左肩に自分の左腕を廻した。

しかし桜子はそれでも、
「ありがとう、あなた。
こんな私を愛してくれて…。
幸せすぎると、時々不安になるの。
この幸せに、いつか終りが来る日を思うのが怖くて、
誠の事だって、もし私に似たら、
ロクな子に育たないから、
どうかあなたに似て欲しいって、
ずっと思い続けて…。
私がこんな事を思う事自体が、
"あなたを追い詰めてるんだ"って事も解ってるわ。
それでも私、あなたの負担になりたくなくて…」
と、今も尚、
不安な気持が消えずにいる事を明かした。

津田沼は首を横に振り、
「負担だなんて思って無いよ、桜子さん。
いや、桜子…。
君が傍に居てくれるだけで、
真っ暗だった僕の心に、
決して消える事の無い灯りが灯ったんだ。
君に出逢う迄、
僕は自分が独りぼっちの様な気がしてた。
君に出逢って初めて、
僕は自分が独りじゃ無いと思えたんだ。
きっと二人の出逢いは、
運命だったのかも知れない…。
君が僕を愛した事も、僕が君を愛する事も、
きっと二人が出逢ったその瞬間から、
決っていたんだと思うんだ…。
そして僕はこれからも、桜子と誠を支え、
守り抜きたいと思ってる。
それはこれから先に何があっても、
決して変る事は無いから…」
と言い、桜子を静かに抱き締めた。

そして桜子は、「ありがとう、そして、
誰より愛してるわ、あなた……。
"人は人を愛する事でしか生きて行けない"
って事が、あなたに出逢って解ったの。
そしていつか誠もまた、私たちの様に、
人を愛せる人に育って欲しいと思ってるの。
幸せの終りを恐れるより、
幸せをいつまでも信じて守り通す。
それこそが、私があなたと誠の為に出来る、
たった一つの事だから…」
と呟き、顔を上げて津田沼を見つめた。

津田沼も又桜子を見つめ、
二人は静かに唇を重ねあった。

誰よりも幸せな時間が、そこには流れていた。
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